2012年02月18日

「翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった」金原瑞人

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翻訳家のエッセイ集です。

大学を出て出版社に就職するつもりがことごとく落ち、屋台のカレー屋をやることを決意。

しかし教授から大学院に誘われ、なんやかんやと縁があり、翻訳の仕事を手掛けることになります。

というわけでカレー屋の実現から遠ざかり翻訳家に・・・・。

このあたりの経歴がタイトルになっているわけですが、実はカレー屋云々についてのエピソードはほんの数行しか出てきません。(笑)

もっぱら国内外の文学や翻訳事情についての内容ですが、これがやけに面白い。

文体が軽妙で読みやすく、まったく堅苦しさがないんですよね。

私は英語はさっぱりなのですが、それでも以前から疑問に思っていたことがあります。

それは一人称について。

英語で一人称といえば「I」だけなんですよね。

ところが日本語では「私」、「俺」、「僕」、「わし」、「おいら」、「拙者」・・・・などなどかなりの数があります。

それらを使い分けることによって老若男女や社会的立場などが表現できます。

「僕」にしても漢字で書くかひらがなで書くかカタカナで書くかによってイメージが違いますし、、キャラクターを表現できるわけです。

しかし英語は「I」だけ。

これには著者もずいぶんと悩んでおられるようです。

英語から日本語ならまだしも、日本語から英語ではこの使い分けのニュアンスは絶対伝わらないでしょうね。

そして小説の翻訳物というのは作者の文体を読んでいるのではなく、訳者の文体を読んでいるということ。

訳者によってストーリーが変わることはありませんが、文体は確実に変わります。

私が翻訳物があまり好きではない理由のひとつがこれです。

やはり海外の小説は原書で読まなければその作家の文体は味わえないでしょう。

ヘミングウェイの文章が好きだなんていっても、翻訳で読む限りはそれは訳者の文章なわけです。

といったような私がずっと持っていた疑問についても触れられており、すっきりとした気分になりました。(笑)

英語を勉強しておられるかた、翻訳家を目指しておられるかたはぜひご一読を。

posted by たろちゃん at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 『か』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする