2017年09月01日

「味覚極楽」子母沢寛

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明治・大正を生きてきた様々な人たちの語る味覚についての話。
その世代の人たちは味覚を通じ、何を語るのか・・・・。
序や後記の日付を見ますと昭和32年。
しかし記事が書かれたのは昭和2年で、東京日日新聞に連載されていたもののようです。
今から90年前ですか。
内容は作家である著者が新聞記者時代に各界の人たちに食について語ってもらい、それを聞き書きし、著者のコメントや後日談を添えたものです。
登場する人たちも子爵だとか伯爵だとか男爵夫人だとか、陸軍中将なんて人もいらっしゃいます。
いまとなっては聞くことのない肩書きの人たちがずらり。
その他の人たちも社会的な立場のある人たちばかりです。
読みましても「はぁ、そうでございますか」としかいいようがありません。(笑)
いや、肩書きがどうこうとかではなくて、この当時でそこまでのこだわりを聞かされ(読まされ)たらひれ伏すしかないでしょう。
現在のように飽食の時代ではありませんが、やはり食にこだわる人はこだわっていらっしゃる。
もちろんそれは今の若い人たちがキャッキャ言いながら話題にしているようなレベルではなく。
食にこだわるにもそれなりに社会的経済的な立場があってこそでしょうし。
今のように猫も杓子も食べ物について語れるという時代ではありません。
そんな中でしっかりと味覚に対してのこだわりを語っておられるんですね。
内容についてちらりと書きますと、面白かったのは銀座千疋屋主人の章で、「東京の料理屋ホテルなどで使う果物はあまりよくないものばかり。あんなものを客にすすめるのは感心しない。そこへ行くと星ヶ岡茶寮の主人は毎日自分で出かけて来て、その日のいい果物を持って行かれるが、これには私も感心している」という発言をしておられます。
この星ヶ岡茶寮の主人というのはいうまでもなく北大路魯山人
評価されています。
ですが医学博士の竹内薫兵氏はこう書いておられます。
「北大路君は偉い人だが、何だかこう見せつけるというようなところがあっていけない。(略)わざとらしい嫌味を私は感ずるのである」
なるほど、芸術に関してはちょっとアクが強かったようで。
「しかし、このうちの果物だけは、何時行っても感心する。まことに立派なものである」
ここで銀座千疋屋主人の発言と見事に一致するのですね。
こういうリンクが読んでいて面白く思います。
あとはまあ手巻き寿司についての記述もあったりしまして、
手巻き寿司の歴史に関しては諸説あると思うのですが、この時代からぼちぼちとそのような店が出てきたということが書かれています。
もっと後の時代になって某寿司屋が手巻き寿司発祥の店と語られていたりもしますが、いま一度検証が必要なのではと思いました。
ラベル:グルメ本
posted by たろちゃん at 01:00| Comment(0) | 『し』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする