2019年03月18日

「妻の超然」絲山秋子

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ブランド物の派手なパンツを穿いて帰ってくる夫の文麿。
洗濯カゴに入ったそれを見て妻の理津子は考えます。
洗ったものか、どうしたものか。
捨ててもいいのではないか。
吝嗇な夫が自分でこんなパンツを買うはずもなく明らかに愛人に買ってもらったものなのですが、そんなのを平気で洗濯カゴに放り込んで妻が気付かないとでも思っているのか。
もし女が乗り込んできたとしても、こんな男どうぞお持ち帰りくださいとくれてやってもいいのだが・・・・。(妻の超然)
九州男児なのに酒が飲めない僕。
あまり人付き合いが好きではない僕ですが、話の合う彼女ができます。
しかし彼女は酒好きです。
飲めないながらも付き合ってきましたが、NPO活動を強要されるようになって・・・・。(下戸の超然)
首に腫瘍ができた作家の「おまえ」。
入院、手術という経過の中で、自分を見つめ、文学を見つめ、「おまえ」は考えます・・・・。(作家の超然)
タイトル通りどの主人公も超然と構えています。
それはなんといいますか、どの主人公も自分の世界観を持っているのですね。
ある意味傲慢といってもいいかもしれません。
しかしラストで感じられる主人公たちのそれぞれの考えには相違があります。
それは結果的に再生であったり、信念であったり、希望であったり。
はて、超然というのはなんなのか。
孤高の意志であるのか。
私も超然と毎日を過ごしたいなと思いますが、なかなかそうもいきません。(笑)
ラベル:小説
posted by たろちゃん at 01:00| Comment(0) | 『い』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする