2020年03月10日

「本棚探偵 最後の挨拶」喜国雅彦

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シリーズ第4弾。
今回も古本を求めて東へ西へ、あるいは他人の蔵書を整理するために奔走しておられます。
いやまあ古本マニアというのは恐ろしい。
例えば日下三蔵氏の年末大片付けの章では、“部屋”ではなく“家”が本で埋まってしまっています。
まともに寝るスペースさえなく、本の隙間でどうにか寝ているというありさま。
いくつか写真が掲載されていますが、そりゃもう凄まじい。
そんな日下氏には、なぜ何冊も何冊も同じ本を買ってしまうのか訊かれたときの答えに「売っていたからです」という名セリフがあります。
何者をも寄せ付けない有無を言わせない至高の一言ですね。(笑)
ちなみに著者は本棚まで手作りしてきっちりと整理しないと気が済まないタイプのようですが。
今回のメイン企画ともいえるのが、講談社のPR誌である「IN★POCKET」に連載された綾辻行人氏の「暗黒館の殺人」という作品を製本して私家版を作るという話。
これも写真入りで数章にわたってその過程を紹介しておられます。
本棚といい製本といい、凝るタイプなんですよねぇ。
今回でシリーズはいちおう完結のようです。
本作が第68回日本推理作家協会賞<評論その他の部門>を受賞されたということでめでたしめでたし。
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2020年03月08日

「“食の安全”はどこまで信用できるのか 現場から見た品質管理の真実」河岸宏和

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食についてはちょくちょく異物混入で商品回収などのニュースが流れます。
そして何年かに1回大きな事件がどかーんと。
なぜこのようなことが起きるのか。
そりゃ100%完璧というわけにはいかないでしょうけど。
でも公になっているのなんてごく一部なんですよね。
この本にも書かれています。
メーカーにとって『他社の事件は「他山の石」ではなく「対岸の火事」』だと。
『そんなことで捕まってんなよ』と。
飲食関係でバイトしたことのある人ならたいがい一つや二つ、衛生面安全面で「こんなのでいいのかなぁ」と思ったことがあるんじゃないですかね。
よく「厨房を見たらその店で食べる気を失くす」なんてことが言われますけど、私の体験上これは事実です。
もちろんすべての店がそうではないでしょう。
しかし多数の店が当てはまります。
賞味期限なんかでも、某デパートの某店など、賞味期限のシール貼り替えは毎朝の日課でしたしね。
まあ今ほどうるさくない時代ではありましたが。
この本の著者はいろんなジャンルの食品の品質管理に携わってきた人です。
なので食品業界内部の事情を知るプロ。
メーカーの杜撰さだけではなく、法的な杜撰さも指摘しておられます。
そして中国の野菜を危険視し日本産なら安心というイメージが我々消費者には確かにありますが、本当にそうなのかと法的な面や流通の仕組みなどを解説して啓蒙しておられます。
そうですね、単純に中国産はみな危険、国産ならすべて安心なんてなんの根拠もない思い込みです。
またコンビニ弁当というと添加物の塊でいかにも体に悪そうなイメージがあります。
しかし著者は「コンビニの食品はかなり安全だ」といいます。
添加物に関してはたしかにいろいろ使用されているのですが、それについての表示義務がある。
賞味期限にしても。
しかし街中の対面販売の店にはそれがない。
手作り弁当なんて言いつつ結局は業務用の詰め合わせなんてのはよくありますが、それらの期限についても表示義務がないから期限切れの商品を使っていてもわからない。
温度管理にしてもコンビニは工場から売り場まで徹底した管理がされています。
よくオフィス街でお昼時に弁当を売り出すパラソル弁当なんてありますが、真夏なんか大丈夫なのかと思いますもんね。
台に並べた弁当に直射日光当たりまくりなんてのもありますから。
真夏に野外の常温で並べられている弁当よりは、コンビニで適温で陳列されているほうがそりゃずっと安全でしょう。
まあ結局は著者もあとがきに書いておられるように、中国産も日本産も関係なく、やるべきことをしっかりとやれば安全性は保たれるし、杜撰なら問題になると。
そしてそれを判断するには、消費者ももっと賢くならなければなりませんし、こだわりをもって真剣に考えなければならないということでしょう。
ラベル:グルメ本
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2020年03月06日

「化学探偵Mr.キュリー3」喜多喜久

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シリーズ第3弾。
短編4編。
呪いの藁人形がベランダに投げ込まれるたびに体調を崩す大学院生。
やはりこれは藁人形の呪いなのか、犯人は誰なのか・・・・。(化学探偵と呪いの藁人形)
深夜ガスマスクをつけて大学の実験室でなにやら実験している大学生。
近々外国の国王が日本を訪れ、この大学の施設を見学する予定です。
もしかしてテロ・・・・。(化学探偵と真夜中の住人)
癌を患った犬を救いたい一心で、治療薬を開発しようとする小学生。
そんな小学生を襲い薬を奪ったのは・・・・。(化学探偵と化学少年の奮闘)
サークルの飲み会で自慢の鍋を振る舞ったものの、皆が意識朦朧となる事態に。
鍋には毒が盛られていたのか・・・・。(化学探偵と見えない毒)
大学を舞台に起こるさまざまな事件。
どれも化学的な原因が盛り込まれています。
なのでそれを解決するのが四宮大学理学部化学科の准教授Mr.キュリーこと沖野春彦。
そしていつもそんな事件を沖野のもとに持ち込むのが庶務課に勤める新人職員の七瀬舞衣。
迷コンビです。
マンネリではあります。
探偵とそれをアシストする素人の女性助手。
パターンですよね。
まあこの作品の場合作者が薬学の専門家ということもあって、その知識を生かした話作りが個性と言えます。
ですが内容的には特にどうということもなく別にもう次作は読まなくてもいいかなとも思うのですが、つい読んでしまうのは沖野と七瀬の迷コンビの魅力のせいでしょうか。
この巻では沖野が最後に七瀬に対して告白めいたセリフを口にしたりしていますしね。
今後も二人の成り行きを見守ることにしましょうか・・・・。(笑)
ラベル:小説
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2020年03月04日

「若冲」澤田瞳子

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京の錦高倉市場にある青物問屋枡源。
主の源左衛門は弟たちに商いを任せ、奥行きのある店の最も奥まった一室でひたすら絵を描いています。
店のことはほったらかし、娶った妻が姑たちにいびられていてもかばうこともせず、そのせいで妻のお三輪は蔵で首を吊って死にました。
そんなことがあってお三輪の弟である弁蔵は、枡源と源左衛門を激しく憎悪しています。
源左衛門はやがて店を隠居し伊藤若冲と名前を変え、独自の絵を生み出して人気の絵師となり境地を極めていきます。
ですが若冲の贋作が出回るようになります。
贋作を描く絵師の名は市川君圭。
その絵を見た若冲は戦慄します。
ここまで自分の絵に迫ろうとする者が他にいるはずがない。
君圭とは行方を晦ました弁蔵に間違いない。
贋作による弁蔵の若冲への復習が始まります・・・・。
なんとも奇抜で精緻、そして鮮やかな絵を描いた江戸時代中期の絵師、伊藤若冲の半生を書いた小説です。
この小説で著者は非常に大胆な脚色をしておられます。
歴史の資料には若冲が結婚していたという記録はありません。
この小説では若冲は絵に打ち込むあまり娶った妻をまったく顧みず、そのせいで妻が自害してしまったという設定になっています。
そんな妻に対しての償いが若冲の絵に対しての情念となっているんですね。
そして義弟で若冲の贋作を描き続ける市川君圭。
私はこの人の名前は知らなかったのですが、実在の人物だそうです。
しかし若冲と義兄弟であったわけではもちろんなく、また小説中のように若冲の贋作を描き続けたなどという事実もありません。
ですがこの小説では君圭のその執念が若冲を怯えさせ、また君圭を突き放して自分の作品をより一層の高みに持ち上げるためのモチベーションとなっています。
私個人としましては大胆な設定がエンターテイメントとして楽しめました。
ただ絵の素人だった弁蔵(君圭)が若冲の作品と見まがうほどの技術を数年で身につけたというのは、ちょっと走りすぎかなと思いました。
また、復讐するために贋作を描くという発想は私にはないなぁと。(笑)
普通はもっと違うことを考えるのでは。
で、市川君圭が伊藤若冲のストーカー贋作師だったという設定は、美術の専門家や愛好家にどう受け止められたのでしょう。
ちょっと気になります。(笑)
ラベル:時代小説
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2020年03月02日

「グルメの食法」玉村豊男

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自他ともにグルメを任ずる人ならばこれくらいの基本的な食法など当然知っているであろう知識を、著者の私的解釈をまじえながら記したという本書。
ま、本音でもあり、皮肉でもあり、遊びでもあり、照れ隠しでもありましょう。
最初はやはりフランス料理について。
フランス料理の供し方の変遷ですね。
今でこそフランス料理というと優雅に一品ずつ出されるというイメージがありますが、昔はテーブルの上に一度にアホほどの料理が並べられたんですね。
なので温かい料理は冷め、冷たい料理は生ぬるくなり、テーブルの上はもうぐじゃぐじゃで。
多数の料理をテーブルに並べることにより、権力を誇示していたんですね。
料理だけでなく当然その大量の料理をサービスする人間もまたうじゃうじゃいたわけですから。
他、中国料理についても語られていますし、シルクロード近辺を旅してパスタの起源を考察したりもしておられます。
もちろん日本料理についても言及されており、生(ナマ)を異様に重要視する鮮度至上主義を指摘しておられます。
そして要約しますとこのようなことを言っておられます。
「はたしてこれは“進化”なのだろうか」と。
本来ならいろんな素材を組み合わせ、火を入れ、調味料で味付けし、素人にはどのように調理したのか想像もできないような複雑で深い味わいを生み出すのが料理人の腕の見せ所であるはずと。
フランス料理や中国料理はそうであると。
しかし鮮度至上主義が究極になったのが刺身で、これはもう料理技術云々の前に、いかにいい素材を仕入れるかが料理人の腕ということになってしまうと。
もちろんどんなジャンルの料理においても鮮度のいい質のいい素材を使うというのは大前提でしょう。
そして包丁の技術が味を左右するのも当然のことではありますが。
しかし「新鮮な素材を切って出すだけ」というのは紛れもない事実で、これは料理以前ではないかと。
私もそれはずっと思っていました。
まあ“料理”というものについての考え方の違いもあるのでしょうが。
そして鮮度至上主義が高じて極端に走ると姿造りなんてことになってしまう。
ついさっきまで生け簀で泳いでいた、まだピクピク動いている、なんてことを有り難がってしまう。
フランスと日本の違いについて、著者は面白い言葉を紹介しておられます。
フランスでは「女房とワインは古くなるほど味が出る」という言葉があるそうです。
それに対して日本では「女房とタタミは新しいほうがいい」と。
なるほど、すべてに当てはまるわけではありませんが、熟成を重視するフランス人と、とにかく鮮度、生をいちばんとする日本人。
どちらがいい悪いではなく、考え方の違いが見事に言い表されて面白いですね。
ラベル:グルメ本
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