2020年07月10日

「剣客商売番外編 ないしょ ないしょ」池波正太郎

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越後は新発田の城下町で道場を営む一刀流の剣客、神谷弥十郎。
そこでお福は下女として働いていたのですが、弥十郎が何者かに暗殺されます。
主を失ったお福は下男の五平と共に江戸へ。
そこで三浦平四郎という七十に近い隠居の下で働くのですが、その平四郎もやはり殺され、一緒に江戸に出てきた五平までもが殺されてしまいます。
犯人はすべて同一人物、松永市九郎です。
お福は平四郎から手ほどきを受けていた手裏剣を使って、なんとか松永に一矢報いてやろうとするのですが・・・・。
剣客商売の番外編です。
しかし主役はあくまでお福であり、秋山小兵衛はほんの脇役です。
別に剣客商売の番外編としなくともこれだけで成り立つ話ですが、やはりそこは秋山小兵衛や町医者の小川宗哲、手下の弥七などのお馴染みの人物が登場することにより、剣客商売の世界にしてしまったほうが読者も物語に浸れるでしょう。
お福は最初の主である神谷弥十郎に何度も凌辱されるのですが、このエピソードがいまいちよくわかりません。
こんな話を書く必要があったのかなと。
特にそれが後の話に効いているわけでもないし。
むしろお福がその時のことを思い出して体を熱くしているなんて、そんなアホな。
オヤジの妄想ですよ、これ。(笑)
最後に仕えた倉田屋半七のキャラもよくわかりませんね。
初めてお福と出会った時のあの印象はなんだったのでしょうか。
倉田屋が裏のある人物だという演出なんでしょうけど。
そのあといきなり印象変わられてもね。
ま、物語としては波乱万丈な女の生涯を描いており、秋山小兵衛もいい感じで脇を固め、どうにかこうにか剣客商売シリーズにこじつけたかな、と。

ラベル:時代小説
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2020年07月08日

「ビターシュガー 虹色天気雨2」大島真寿美

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「虹色天気雨」の続編です。
あれから数年後の話。
四十路を迎えた市子、まり、奈津は中学高校時代からの付き合いです。
市子の家にまりの元カレだった旭が居候することになります。
やむを得ない事情があったわけですが、それが奈津の娘である美月に知られ、やがて奈津やまりにも知られ・・・・。
えっと、前作はどんな話だったかさっぱり覚えておらず(笑)、過去に書いた感想文を読み返したのですが。
ふむふむ、女の友情の前に男は必要ないというような内容だったようです。
今回もやはり男よりも結局は女3人の絆なのかなと。
まりが恋愛して結婚を意識するのがちょっと変化といえましょうか。
一方、奈津はずっと別居だった夫の憲吾と離婚を成立させます。
市子は語り手ですので、男とどうこうということに関してはニュートラルな立場となっています。
奈津やまりの言動を通じて、女性が40代となっての恋愛についてはどうなのよと。
そんな問いかけがあります。
ですがやはりこれは恋愛に関してはふりかけという味付けであって、主食は女性の友情と生き様ですよね。
ただ私はこれ第2弾として、ちょっと収集つかなくなったのではという印象を受けました。
もし第3弾を出されるのなら、ぎゅっと締めて収集して出していただきたいですね。
ラベル:小説
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2020年07月06日

「爆心」青来有一

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長崎を舞台にした短編集です。
タイトルからもわかるように長崎を原爆の被害地として捉えています。
といっても生々しく被爆を描いた作品ではありません。
むしろかなり間接的に描かれています。
例えば最初の「釘」という作品は、天主堂の見える“祝福された土地”に住む老夫婦が主人公。
結婚した息子が精神を病んで大きな罪を犯してしまい、老夫婦は先祖が頑なに信仰を守って暮らしてきたこの土地を手放さなくてはならなくなるという話です。
「蜜」という作品はちょっとエロティック。
人妻が近所の自転車屋の青年を誘惑するという話。
カトリックの家系でマリア様を祀った祭壇のある家に夫の両親と同居してる私。
自転車を修理に出し、しゃがみこんでさりげなく青年にスカートの中を見せたりします。
そして平和祈念式典で両親が出かける日。
医者である夫も勤務で家にはいません。
私は青年を家に誘います・・・・。
これもやはり直接被爆について書かれた話ではありません。
なのでどれも被爆小説ではなく、被爆地小説なんですね。
過去に凄惨なことがあったこの土地。
しかし生き延びた人たちはこれからも生きていかなければなりませんし、時間は流れ続けています。
生活していく中ですべての人が四六時中被爆被爆とは言ってられません。
何年も経ち、やがて被爆を知らない世代や他所から来た人たちも住み始めます。
過去に原爆を落とされたというこの土地で、人々はいろんな生活をしているわけです。
そして爆心地であるここは浦上天主堂があり、カトリック信者の多い土地。
そんな中で「釘」のように罪を犯してしまう人がいます。
「蜜」のように大勢の人たちが原爆投下の日時に合わせて祈りを捧げているときに、不義を働こうとする人もいます。
原爆の悲惨さを決して忘れ去られることなく真正面から訴えていくのはまさしく正道。
ただそれと並行して、そんな土地でもいろんな人間がいろんな人生を営んでいるんだと書く小説もまたあり、でしょうか。
ラベル:小説
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2020年07月04日

「「あまカラ」抄1」高田宏 編

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昭和26年に創刊され、同43年まで200号発刊された食の雑誌「あまカラ」。
毎月20篇前後の食エッセイを掲載していたとのこと。
トータルでおよそ3000篇前後とのことですが、その中から3巻で約130篇を収録したのがこの「あまカラ」抄です。
編者は苦労されたようですね、作品選びに。
そりゃ3000篇の中から130篇を厳選するわけですから。
3巻で刊行するにあたって、まずその3巻をどのように分けるか。
編者は第1巻は作家篇、第2巻は学者・評論家篇、第3巻は諸家篇としました。
そして選び出した基準が『「食」を通して「人間」が見えてくる点においた』といいます。
『もっと言うなら、書き手の生(いのち)が、書き手の喜怒哀楽が、飲食を通して見えてくる文章を選んだ』と。
そんな基準で厳選された44篇がこの第1巻に収められています。
採用されている執筆者の名前を数人挙げますと、幸田文とか。
まあいかにもといいますか、納得ですね。
武田泰淳井上靖、伊藤整といった文壇の大御所。
開高健獅子文六などは、まあ当然出てくるわな、と。
大岡昇平などはあの魯山人の「ラ・トゥール・ダルジャン」でのエピソードを披露しておられます。
そう、パリの高級レストランで鴨料理を山葵醤油で食べたというあのエピソード。
このとき同席していたのが案内役で画家の荻巣高徳と大岡昇平でした。
魯山人本人のエッセイやいろいろな伝聞で有名な話ですが、同席者の証言ということでこれは保存されるべきでしょう。
瀬戸内晴美(寂聴)のエッセイもいい。
これは現代人にも体験できる話です。
20日間の断食を行い、それがきっかけで好き嫌いがなくなり、何でも美味しく食べられるようになったと。
そう、グルメだ美食だ好き嫌いだなんてのは、飢えの前ではぶっ飛びます。
美食も結構ですが、まずは食べられるありがたさに感謝しませんと。
ダイエットしている女性がつい食べすぎたり甘いものに手を出してしまったりなんて話を聞きますが、なんでも好きなものが食べられる立場の道楽みたいなものです。
そこには食に対しての感謝などありません。
ま、そんなことにケチつけてもしょうがないし、話がそれました。(笑)
食べることを文章にする。
やはりそこには大げさな話になるかもしれませんが、その人の人生観みたいなのを、少なくともその人の価値観を感じたいと思います。
そういう意味では非常に砥がれた食エッセイ集ですね。
ラベル:グルメ本
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2020年07月02日

「紙婚式」山本文緒

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8編収録の短編集。
表題作の「紙婚式」。
子供は作らず、部屋は別々、自分の食い扶持は自分で稼ぎ、自分のことは全部自分でする。
そんな条件をお互い了解の上で結婚して10年になる夫婦。
友人の結婚式の2次会で夫が「俺は女房を養う気なんか全然ないよ」という台詞を口にします。
それを聞いてショックを受ける私。
なぜ私はショックを受けたのか・・・・。
まったくなんのために結婚したのかわからないカップルです。
食事中に妻が恋人と電話で話していても夫は無関心ですし。
そもそも籍さえ入れていない。
つまり結婚ごっこですね。
2次会で同席した女の子から「あなた達、変よ。それじゃ結婚している意味がないじゃない」と言われます。
これをヘタに追及すると、じゃあ結婚している意味とはなんなのか、という泥沼問答にはまってしまうわけですが。(笑)
この小説の例は極端としても、こういうドライな結婚生活に憧れている人もいるんじゃないかと思います。
特に女性。
仕事を持っていて夫に負けないくらいの収入がある女性は「私は夫に養ってもらってるわけじゃない」というプライドがある。
女だからといって夫の後ろに一歩下がるなんてとんでもない。
男女は平等なのだから。
こうなると憧れというよりも主張ですが。
ある著名人がこんな発言をしていました。
「なんで夫のことを主人なんて呼ばなくちゃいけないの。わたしはペットじゃないのよ」と。
笑いましたね。
なるほど、ポチじゃないんだからと。
一理あります。
話はこの小説に戻りますが、結婚していても生活的に完全に自立孤立しているわけですから、本来なら「養う気なんか全然ない」と言われても「今さらなにを」で終いです。
しかしそれはあまりにも脆い虚構の生活でした。
惰性で回っているコマなんてちょっと触れればひっくり返って止まってしまいます。
でもそうなって初めて気づくこともあるんだろうな、というラストです。
他の作品も結婚生活をテーマに書かれています。
山本文緒流の、ちょっと怖さのある内容です。
ラベル:小説
posted by たろちゃん at 02:00| Comment(0) | 『や』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする