2009年12月10日

「向日葵の咲かない夏」道尾秀介

Cimg0686

夏休み前の終業式の日。

9歳の主人公ミチオがS君の家を訪れると、首を吊ったS君の死体が・・。

そして数日後S君は蜘蛛に生まれ変わって目の前に現れます。

「僕は殺されたんだ」と。

さて、首を吊っていたS君は自殺なのか本人が言っているように他殺なのか。

だとしたら犯人は誰なのか。

少年探偵よろしく主人公が動き始めます・・。

いやまあなんとも言いようのないふざけたお粗末な小説ですね。

気に入らない箇所を挙げ出すと切りがありません。

まず犯人は誰かみたいなストーリーは私の好きではない小説です。

誰が殺したのか、死体をどのように始末したのかとか。

しかしそれは私の好みの問題であり、ある意味ミステリーの王道ともいえましょう。

9歳の主人公の一人称で語られるのですが、語りにしろ物語の内容における言動にしろ、リアリティなし。

こんな小学生ありえません。

これを言ってしまうと身も蓋もないのかもしれませんが。

でも私は安易に子供を主人公に一人称で書くべきではないと思っています。

設定が子供というだけで、語りの視線や思考、口調(文体)はまったく大人のそれなのですから。

書いていて抵抗ないのかなと不思議でなりません。

それは他の小説でもよくあることなんですが。

さてここからが不満爆発ですが、死んだS君が蜘蛛に生まれ変わって現れ、人間の言葉をしゃべるという最初の時点ですでにイタイ。

これってそういう小説なん?

んでまあなんやかんやありまして、後半の謎解きに至っては作者の頭が狂ったのかと。

ここからはネタバレになりますが、石鹸が向日葵にどうとか、妹がトカゲとか、妹の指をしゃぶるだとか、トコ婆さんがネコとか、60センチ角の箱に爺さんが入るとか、岩村先生は結局なんだったんだとか、小学生の主人公が平気で爺さん殺せるのかとか、それに対して警察の追及はなんでないんだとか、犬が死体を引きずったのならすぐにわかるだろうしそもそもそんなことできるわけないだろうとか、爺さんがカマドウマに生まれ変わるとか、その他いろいろ、なんともまあアホらしいエピソードのオンパレードです。

ラストの「アスファルトには長い影が一つ、伸びていた」というのは気の利いた言い回しのつもりなんでしょうか。

そんな言い回しに納得するような描写はありませんがねぇ。

なんともまあ長々とした作者のマスターベーションでありました。

ラベル:小説
posted by たろちゃん at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 『み』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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