主人公の谷川里彩は二十歳の化粧品会社宣伝部制作課の新入社員。
キャンペーンのモデルのドタキャンで、急遽モデルに仕立て上げられます。
化粧品会社の社員でありながら化粧が嫌いで普段はノーメイクの里彩。
しかしいざメイクをしてカメラの前に立ってみると、有名カメラマンやディレクターが息を飲むほどの存在感を発揮します。
「まちがいなくこの娘はスターになる」
誰もが確信します。
しかし里彩は有名になるとかお金を稼ぎたいとか、そういう欲はまったくありません。
ごく普通に制作課の社員として勤務したいのです。
しかし周りは動き始めます。
そしてそれまで男と付き合ったことのない里彩の前に気になる男が現れます。
中年コピーライターの秋葉を経て、アートディレクター黒川との出会い。
ゲイの黒川とその恋人である孝之との三角関係。
そんな中で里彩はどのように自分らしく生きていこうとするのか・・。
読み始めて戸惑いましたのが、「え、柳美里がこんな小説書くのかよ」と。
この作者の小説はデビュー作からずっと追っているのですが、これまでは傷口を自ら拡げてさらけ出すような痛々しい私小説でしたが、これはいわゆる“ギョーカイ”を舞台にした恋愛小説です。
こういうのは林真理子とか唯川恵あたりに任せておけばいいものをなどと思いつつ、しかし読み進むにつれ里彩のピュアな魅力に惹かれていきました。
林真理子も「コスメティック」という化粧品業界を描いた小説を書いておられますけども、さすがに林氏の場合は主人公がどんどん駆け上がっていくサクセスストーリーなんですね。
しかし柳美里は違う。
主人公は頑なにサクセスストーリーを拒否する。
モデルやタレントとしてスターになれる扉が目の前にあるにもかかわらず、主人公はその扉を開けようとはしない。
そのような華やかに見える世界は虚飾であるというのは黒川の口からも語られています。
売れっ子のCMディレクター黒川が最後に取った行動は・・。
それを目の当たりにした里彩は・・。
ラスト。
ドラマの撮影。
別れのシーンです。
里彩はメイクされます。
そしてメイクの日比野に言います。
「落としてください」
「どこを?」
「ぜんぶ」
里彩が最後に流す涙は素顔を伝います。