2017年01月22日

「六人いた!写楽 歌麿と蔦屋がプロデュースした浮世絵軍団」橋本直樹

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寛政6年(1794年)5月に突如現れ、寛政7年2月までのあいだに140枚ほどの作品を残し消え去った浮世絵師、東洲斎写楽。
その正体はいまだ謎に包まれています。
いろんな人が研究をしておられますが、現在ではその正体は能役者の斎藤十郎兵衛であったというのが有力視されているようです。
ですがこの本ではなんと写楽は六人いたと主張しておられます。
興味あるではないですか。
ということでワクワクしながら読んでみたのですが・・・・。
う~ん、これ、もしかしてトンデモ本では。(笑)
最初はまあよかったんですけど。
でも読み進めるにつれ、かなり無理のあるこじつけ的な解釈をしておられるように思えました。
そして主張が二転三転するのも落ち着きないですし、それって著者の中で確信がなく迷いがあるということなのか、もったいぶった演出なのか。
で、結局はタイトルの主張に落ち着くわけですが、巻末に補遺を添え、おまけにまだ補足説明まで添えておられます。
なんといいますか、著者は相当くどい人のようです。
内容も支離滅裂とまではいいませんけども、ちょっとイタイですね。
まあこれはこれでひとつの説ではあるでしょうけど。
真実は藪の中ですが、もしかしたらこの本の主張がズバリ的中しているかもしれません。
かなり苦しいですが。(笑)
ちなみにNHKのドキュメンタリーで写楽の特集をやっていましたが、女性の研究家が写楽を検証しておられました。
その人は能に目を付けておられまして、写楽の描く役者の顔が能面に分類できるというんですね。
これはなるほどと思いました。
かなり説得力がありましたね。
そうなると能役者であった斎藤十郎兵衛がやはり有力に思えてきます。
しかし短い期間でまるで別人のように変わる作風や落款の違いなどを見ますと、複数説もありのような・・・・。
興味が尽きませんね。
posted by たろちゃん at 01:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 『は』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
通りすがりの者です。『六人いた!写楽』の感想を探して、ここにたどりつきました。
ええ、私もトンデモだと思いました。(笑)
ただ著者は本気で信じている感じですね。
女性説で先を越されたのがよっぽど悔しかったのか
『真説女絵師』に嚙みついていたのが、何だかブーメランになって戻ってきているような。
『真説女絵師』は史実から逸脱しまくっているマンガなのに。

短い期間で作風が変わって見えるのは
単純に規制強化で廉価量産路線に変更することになり
腕が落ちる彫師や摺師を大量に新しく雇い入れたからではないかと思っています。
夢もロマンもありませんか(笑)
Posted by 通行人 at 2017年02月22日 00:28
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