2017年03月01日

「ぼくはマンガ家」手塚治虫

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天才といわれ神様といわれたマンガ家、手塚治虫。
亡くなってもう30年近くになりますか。
この本が最初に刊行されたのは昭和44年とのこと。
そして10年後に文庫化にあたって加筆され、この本自体はまた新たに編纂され平成12年の出版です。
自伝ですね。
宝塚歌劇が身近にあった少年期の芝居狂いの話から始まり、天文学、昆虫、落語などにも興味を示します。
もちろんそれらもマンガ家手塚治虫の礎になっているでしょうが、やはり漫画映画との出会いでしょう。
今でいうアニメですね。
戦時中の空襲の中でもマンガを描き、糾弾されたり手塚はもうだめだといわれたりもしましたが、亡くなる間際まで第一線で現役でした。
生涯に書いた原稿枚数は10万枚とも15万枚ともいわれていますが、そんな驚異的な仕事量の中で尚且つアニメも作っておられたのだからなんともいやはや。
というか、アニメを作るためにマンガで稼いでいたなんて話もあるくらいで。
つまり第一線のマンガ家になってもひたすらアニメへの夢を追い続けておられたんですね。
このあたりが手塚治虫の偉大さといいますか純真さといいますか、恐れ多いところです。
そのあたりの苦労話も本書には書かれています。
「鉄腕アトム」の功績は大きい。
しかしアニメーターの待遇面で手塚が悪い慣習を残したと批判する人もいます。
ですが日本で初めての国産テレビアニメの制作です。
現在のようにテレビにアニメが溢れかえっている時代ではありません。
まずはスポンサーに付いてもらわなければなりませんので、いきなり金額的に大きな条件を出すわけにもいきません。
本書でも赤字覚悟だったと書いています。
大失敗だったと。
しかしだからこそ今のアニメの隆盛があるともいえるわけで。
もし高い金額をふっかけて話がぽしゃっていれば、アニメ界は現在と違ったものになっていたかもしれません。
功罪あると思いますが、パイオニアであることは間違いないでしょう。
アニメにおいてもマンガにおいても。
あと10年、15年生きておられたら、どのような功績を残されたでしょうね。
ラベル:漫画本
posted by たろちゃん at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 『て』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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