2019年02月04日

「ベジタリアンの文化誌」鶴田静

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ベジタリアンといえば一般的には菜食主義者、非肉食者のことをいいますが、今までの歴史の中にも大勢のベジタリアンがいました。
宮沢賢治、ガンジー、ジョン・レノン、トルストイ、ダ・ヴィンチ、ピタゴラス、ヒトラー・・・・。
彼らはなぜ肉食を否定したのか。
その思想や社会に与えた影響は・・・・。
ベジタリアンにもいろいろ理由がありまして、健康上の理由であったり宗教の戒律であったり動物保護であったり。
あるいは食料上の理由というのもあったりしますね。
肉を食べるための動物を飼育するのにどれだけの穀物や土地の面積が必要か。
それをそのまま人間が食べるために割り当てればどれだけの食料が確保できるか。
例えばこの本に書かれているデータでは、1ポンドの牛肉を得るためには16ポンドの大豆や穀類が必要だといいます。
1エーカーの土地に穀類を栽培すると肉の5倍、豆類だと10倍、野菜だと15倍のタンパク質が得られるとのこと。
限りある土地を動物の飼育に使うより、穀物や野菜を栽培したほうがずっと有効なのだと。
なので肉食反対という人たちもいるわけです。
歴史の偉人たちの思想や言動をここで紹介するには長すぎる話となるので割愛しまして(笑)、しかしまあベジタリアンのみなさんはけっこうそのようなことを考えて実行しておられるようです。
著者は「ベジタリアン」の訳語として「菜食主義者」という言葉を当てはめるのは適切だろうか、と提起しておられます。
つまりただ単に肉を食べずに野菜を食べる人というだけではなく、健康はもちろん、動物の生命や地球の環境についてまでも含んでいるのが「ベジタリアン」ではないかと。
ただ動物保護の観点から肉食すべきではないという意見に関しては当然反論があるわけですね。
肉食は動物の命を奪う残虐な行為であるというような主張に対しては、じゃあ植物に命はないのかと。
定番の議論ですね。
この本ではそのことについてはほとんど触れられていません。
頁数でいえばせいぜい1頁か2頁ほどでしょうか。
ちょっと煩いことは避けておられる感があります。
ベジタリアンを語る上で避けて通れない話だとは思いますが、まあこれはそのような議論をする本ではありませんので。
著者の意見として「私が植物を愛し育てることは食べてしまうことへの罪ほろぼしをしているつもり」と書いておられますが、わけがわかりません。
じゃあ犬や猫、小鳥などのペットを飼うことで肉を食べることへの罪滅ぼしになるのではないのか。
ちなみに著者はベジタリアンではありますが肉食を否定批判しておられるわけではありませんので念のため。
個人的には動物保護の観点からベジタリアンを主義とするのは無理があると思います。
植物の命をどう考えるのか、というのが付いて回りますので。
自分で黙って実行するぶんにはいいのですが、他人に強要するのはいけませんね。
先日、非肉食者の女性が肉屋の前で抗議しているフランスのニュースを観ました。
捕鯨に反対する連中と同じような人なのでしょう。(笑)
ラベル:グルメ本
posted by たろちゃん at 01:00| Comment(0) | 『つ』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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