2019年04月01日

「銀河鉄道の父」門井慶喜

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詩人で童話作家の宮沢賢治。
彼はいかにして詩人・作家になったのか。
賢治は岩手県で質屋を営む政次郎の長男として生まれました。
その政次郎は賢治にとっては祖父である喜助に「質屋に学問は必要ない」と言われ、きっぱりと進学をあきらめた過去があります。
喜助はやはり孫の賢治にもそれを求めるのですが、政次郎は賢治に好きな道を歩ませます。
しかし賢治の言動は奇異です。
そんなちょっと変わり者の息子を見守る父政次郎の視点から描かれた、親子と家族の小説です・・・・。
まず思ったのは、なんとぬるい父親か、ということですね。
明治の男とはもっと子供に厳しくガツンと威厳のあるものだと思っていましたが、政次郎の賢治に対する言動はまるで過保護です。
親バカです。
せっせと資金援助もしてやります。
また賢治もそれに甘えてスネをかじっています。
どうしようもない息子といってもいいでしょう。
しかし賢治を見る政次郎はあくまで優しい。
賢治が晩年床に臥せた際には、眠れないという賢治にまるで幼児にするようにトントンと胸をたたいて歌まで歌ってあげています。
40歳前の男に、です。
個人的には非常によくわかります。
いくつになっても親からすれば子供は子供ですから。
30歳になろうが40歳になろうが。
しかしそれにしても、との思いがありますね。
しかも明治の男が。
ですが毅然としたところもあり、妹のトシの臨終に際してもそうなのですが、もうだめだとなると巻紙と小筆を用意し、遺言を書きとるから言い置くことがあるなら言いなさい、と言ってのけたりします。
子供に対してこれは言えませんよ、普通。
まあ過保護と書きましたものの、しかしそれは息子に対する父親の深い愛であるのは確かです。
どこまでが事実かはわかりませんが、このような父親、家族だったからこそ詩人・童話作家の宮沢賢治が誕生したのでしょう。
なんやかんや書きましたが、政次郎の賢治に対する愛、そして賢治の政次郎に対する愛、そして家族の愛、これらに感動したのは間違いありません。
しかしどうも素直に評価できない・・・・。
ラベル:小説
posted by たろちゃん at 01:00| Comment(0) | 『か』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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