2019年12月27日

「わが百味真髄」檀一雄

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食通として知られた作家、檀一雄の食エッセイです。
いや、この人の場合食通という言葉は当てはまらないですね。
食通といいますとある程度スノッブさがないとだめでしょう。
美食家的な。
この本を読みますと、むしろそういう気取ったのとは対極のところで食を楽しんでいるようなところがあります。
本書にも書かれている通り、ぶらりと訪れた土地で立ち飲みや立ち食いの店に入り、コップ酒を楽しむみたいな。
そして檀一雄といえば食べるよりもむしろ作る側の人ですね。
「檀流クッキング」なんて本も書いておられるくらいですから。
とにかく料理大好き、買い出し大好き。
いや、わかります。
私もそういうの大好きですから。(笑)
本人も「世界を股にかけた料理人」と自称しておられたとか。
日本国内にとどまらず、まさしく世界を旅してその土地の料理を食べ、自分なりに咀嚼して再現したりしておられたようです。
旅に行く先々でその土地の食材を仕入れ料理しておられたとのこと。
わかるなぁ。
旅先の市場のなんという魅力的なことか。
自宅の庭に山ゴボウらしいものが自生しているのに気づき、味噌漬けにして家族で食べたところ、家族全員猛烈な下痢と嘔吐に見舞われたというエピソードも紹介しておられます。
そんな経験があるにもかかわらず、ある日庭に茸を見つけ、これは竹孫(キヌガサダケ)だと飛びつきます。
植物図鑑で調べると、どうもアミガサダケのようだと。
さっそく摘み取って料理し、酒友達に振舞ったところ大好評。
実際にアミガサダケだったのかどうかは不明ですが、いつの間にかその場には以前の山ゴボウで懲りている細君の姿はなかったとか。(笑)
食通というよりも食い魔といいますか、とにかくなんでも自分の手で料理して食ってやろうという探求心というよりも執念のようなものを感じますね。
このような話を読んでいますと、気取って流行りの店を追いかけてグルメを気取っているなんて、なんとも上っ面を撫でているだけなのだなぁと思えてきます。
こだわるのなら、もっと根本から「食」というものに食らいつかねば。
自分でも料理していろんな素材を“咀嚼”しなければ。
そんな思いを持ちました。
ラベル:グルメ本
posted by たろちゃん at 01:00| Comment(0) | 『た』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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