2021年02月06日

「「あまカラ」抄2」高田宏 編

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昭和26年に創刊され、同43年まで200号発刊された食の雑誌「あまカラ」。
毎月20篇前後の食エッセイを掲載していたとのこと。
トータルでおよそ3000篇前後とのことですが、その中から3巻で約130篇を収録したのがこの「あまカラ」抄です。
編者は苦労されたようですね、作品選びに。
そりゃ3000篇の中から130篇を厳選するわけですから。
3巻で刊行するにあたって、まずその3巻をどのように分けるか。
編者は第1巻は作家篇、第2巻は学者・評論家篇、第3巻は諸家篇としました。
そして選び出した基準が『「食」を通して「人間」が見えてくる点においた』といいます。
『もっと言うなら、書き手の生(いのち)が、書き手の喜怒哀楽が、飲食を通して見えてくる文章を選んだ』と。

以上の文章は以前に「「あまカラ」抄1」を紹介するときに書いた文章です。
というわけで今回は第2巻なので学者・評論家篇ということになります。
さすがにそうなると一般的な知名度は作家篇よりも低くくなってしまいますけどね。
だからといって内容は決して劣るものではありません。
それぞれ実に味わい深い。
まあそれでも名の知れた筆者を挙げますと、池島信平、福田恒存、小林秀雄、柴田翔、など。
やはり時代のせいもあるのでしょう、高級な店でこんなごちそうを食べました的な話はありません。
粗食的な話が多い。
そしてそんな中にも美味を見つけ、感動しておられる。
これが原点ですね。
「ほたるの墓」という有名なアニメがあります。(原作は野坂昭如の小説)
現代の人に食事で白いご飯だけを出してさあどうぞなんていったら「はぁ?」となりますよね。
でもあのアニメの幼い兄妹に炊き立てのアツアツの白ご飯を出してあげたらどうでしょう。
涙を流してむさぼり食らうんじゃないでしょうか。
いや、アニメの話だけじゃなしに。
戦中に食べ物がなく飢えのため命を落とした多くの人たち。
最前線の戦地に送られた兵隊さんにはそういう人が多かったと聞きます。
そんな人たちにとって今私たちが当たり前に食べているご飯はどれほどのごちそうだったことでしょう。
かなり前から私はそんなことを考えるようになりました。
そうなると食べ物に対してあの店の料理がどうだとか、口にするのが嫌になりました。
飢えることなく毎日それこそなんでも食べられる現状。
ただそれに感謝します。
この本を読みますと、そいういう気持ちを思い起こさせてくれます。
ラベル:グルメ本
posted by たろちゃん at 01:00| Comment(0) | 『た』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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