2018年10月16日

「猟銃・闘牛」井上靖

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日本猟人倶楽部という機関誌に一編の詩を掲載した主人公。
それをきっかけにある男性の読者から手紙をもらいます。
13年間不倫をしていたその男性に届いた3通の手紙が主人公に送られてきたのです。
手紙の送り主は妻、愛人、愛人の娘です。
その手紙を紹介することによって男と女の愛憎が浮かび上がります・・・・。(猟銃)
新聞社に勤める主人公が社運を賭けたイベントとして、球場で闘牛を開催することにします。
イベントの成功に向けて奔走する主人公。
それを傍で見る愛人。
社運を賭けた大きなイベントにも関わらず、そこには寂しく冷めた雰囲気が漂っています・・・・。(闘牛)
他、一編。
いずれもトーンは暗い。
「猟銃」は周りの女性からの手紙で不倫の関係を描いているわけですが、しかしなんでわざわざ他人にそんな自分宛ての女からの手紙を送りつけるかなと。(笑)
それを言っては話にならないのですが。
「闘牛」は決してハッピーエンドではありません。
そこがいい。
主人公の仕事や愛人に対して熱いように思えてどこか冷めている虚無感といいますか、寂しさといいますか。
そのあたりにスパイスを感じました。
この作家の作品は初めて読んだのですが、意外と大衆小説的な印象を持ちましたね。
ラベル:小説
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2018年07月20日

「夜を着る」井上荒野

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旅をテーマにした短編集。
どれも決して明るくはない話ですが。
表題作は隣の家の夫と不倫をしている主婦が主人公。
彼女の夫はギタリストです。
東北のT温泉で営業があるということで出かけるのですが、どうやら女と逢うため?のようです。
彼女はわざわざそれを確かめるために不倫相手とT温泉まで確認をしに行きます。
そこで彼女が見た夫の姿とは・・・・。
旅をテーマにしているとはいっても、旅行とかそういう類ではないですね。
なんとなくあてもなく車で行くところまで行ってみるとか。
女子高生が学校をさぼって初めての駅で下りてみるとか。
日常からのちょっとした脱出とでもいいますかね。
さりげない非日常の体験といった感じです。
でもそこには自分にとって決して軽くない意味があったり。
なんとなくそんな小さな旅に出てみたいという気持ちは誰にでもあるんじゃないでしょうか。
ラベル:小説
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2018年07月02日

「もうひとつの青春 同性愛者たち」井田真木子

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この本に登場するのは主に7人の青年たちです。
いずれも当時(1994年)20歳代。
そして皆同性愛者です。
生まれながら同性愛という指向を持った彼らは、それについてどのように考え、どのように周りから見られてきたのか。
ひとつの裁判をきっかけに『アカー(動くゲイとレズビアンの会)』という団体の彼らの存在を知り、行動を共にして活動を間近で見てきた著者渾身のノンフィクションです・・・・。
その裁判というのは東京都教育委員会が管轄する公共宿泊施設「府中青年の家」をアカーが合宿用として借りたおり、同宿した他団体から同性愛者だということでいやがらせを受けたこと、そして施設がいやがらせを行った団体ではなくアカーの宿泊を断ったことをきっかけとしています。
たしかになぜ同性愛者だからといって宿泊を断られなければならないのか。
秩序が乱れる恐れがあるなどの理由なのですが、同性愛者が宿泊すると秩序が乱れるのか。
つまり同性愛者が泊まると男同士で乱交するのではないかという偏見があるんですよね。
じゃあ男女混じった異性愛者の団体が泊まったとしてそんなことを考えるかというと、まず考えないでしょう。
同性愛者だからといってむやみやたらとセックスしまくるわけではありません。
セックスなどあくまで生活の中の一部であり、それは異性愛者も変わらないはずです。
ところが同性愛者となると皆考えるのはセックスなんですね。
大きな偏見です。
そういう偏見の中で生きていくことはどれだけ大変なことでしょう。
そんな人たちが市民権を得るために立ち上げられた団体が『アカー(動くゲイとレズビアンの会)』なのです。
この本の内容はもう20年以上前になりますが、それに比べると最近は少しずつ理解もされてきていますかね。
同性愛というのとはちょっと違いますが、性同一性障害という言葉も一般的になってきました。
そのような人たちが肩身の狭い思いをすることなく生活できる日はまだ先のことのように思えますが。
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2018年05月13日

「おそめ 伝説の銀座マダム」石井妙子

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昭和23年。
京都の木屋町にバーが開店します。
店名は「おそめ」。
マダムの名は上羽秀。
祇園の元芸妓です。
人を惹きつける天性の魅力を持った秀の「おそめ」は、作家、作曲家、映画監督、ジャーナリスト、様々な著名人の客にかわいがられ大繁盛します。
その噂は東京銀座にも聞こえるほど。
そして昭和30年。
いよいよ銀座に進出です。
銀座のマダムたちの激しい嫉妬を買いながらも、「おそめ」は瞬く間に頂点に駆け上がります。
京都と東京を飛行機で行き来し、『空飛ぶマダム』と呼ばれ時の人となった「おそめ」こと上羽秀。
小説のモデルにもなりました。
そんな秀とはどのような人物だったのか・・・・。
伝説の店といいますか伝説の女性といいますか。
常連客にずらずらと時代の著名人たちの名前が出てきます。
川端康成、大佛次郎、吉川英治、服部良一、小野安二郎、白洲次郎・・・・。
作家らが今よりもずっと存在感のあった時代です。
それらの著名人たちに愛されたわけですが、しかし秀は計算してそれらの客を常連としたわけではないんですね。
むしろまったく計算などできない人。
ほんとに天性の魅力だけで男たちを惹きつけたようです。
天真爛漫で商売気がないといいますか、着るものも地味だったようですし、現代の銀座マダムとはまったく正反対のような人ですね。
そしてただ一人の男を愛し続けた健気さもありました。
文壇や昔ながらの銀座のバーは「おそめ」と共に終焉したと著者は見ます。
そういう意味では夜の銀座や文壇の歴史を記した一冊ともいえますね。
著者の綿密な取材が成果を上げたいいノンフィクションでした。
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2018年03月04日

「美人論」井上章一

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美人とはなんぞや。
定義とは。
どのような女性を美人というのか。
女性の容姿について語るわけですから、当然あちこちから反発もあります。
特にフェミニストといわれる人たちから。
しかし男性にとっては誰が美人だのいい女だのという話題は昔からの定番で。
やはり昔から美人と不美人というのはやはりあったわけで、露骨に美人を持ち上げることもできずなんやかんや理由をつけて美人を排斥していたのですね。
美人は性格が悪いとか。
顔ではなく体が健康な女性こそが美人なんだとか。
なんとか不美人の人たちを救おうとしていたわけです。
識者たちも「私はそんな基準では女性を選ばない」とか。
そういう基準で女性を選ぶ男性は知性がないとか。
ちょっと苦しいですね。
でも現在は美人というのは有利なアイテムですし、女性自身もそれをわかって武器にしています。
明治時代から美人不美人はどのように扱われてきたのか。
その変遷がよくわかる一冊です。
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