2013年06月27日

「汁かけめし快食學」遠藤哲夫

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汁かけめし。

まず思いつくのはごはんに味噌汁をぶっかけたやつですよね。

これを「ネコまんま」というのかどうかという検証がありまして、私にとってはネコまんまとはごはんに鰹節と醤油をぶっかけたものなのですが、どうやら味噌汁派のほうが多いようで。

それ以外にもさまざまなバリエーションがあります。

各種の丼ものも汁かけめしといえるでしょう。

そしてカレーライスも。

このカレーライスについては著者もかなりページを割いて検証しておられます。

たしかに面白い本ではあるのですが、とにかく著者の文章に落ち着きがありません。

支離滅裂とまではいきませんけども。

いろんな文献から検証しておられるのはご立派ですが、汁かけめし擁護にかなりヒステリックなのも苦笑してしまいます。

なにをそこまでムキになるのかと。

汁かけめしが下品扱いされているというくどいほどの主張、そして懐石(会石)料理などに対しての過激な敵対心。

ここまでくると被害妄想です。

読んでいて「もうちょっと肩の力を抜いてゆるくいきましょうよ」と思ってしまいます。

そもそも汁かけめしなんてそういうものでしょ、と。

やたら権威に噛み付く癖がおありのようで。(笑)

食についてこのようなジャンルの本は貴重だと思いますが、ちょっと著者の主張にはついていけませんでした。

ラベル:グルメ本
posted by たろちゃん at 04:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 『え』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月02日

「〝全身漫画〟家」江川達也

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「BE FREE!」、「東京大学物語」、「まじかる☆タルるートくん」などのヒット作で知られる漫画家、江川達也氏。

そんな漫画家が創造の現場について語ったのがこの本です。

ちなみに著者は江川達也となっていますが、語りをまとめて文書にしたのは鈴木隆祐氏。

江川氏が漫画への思い、自作の意図、エピソード、読者の反響などについて語っておられます。

なるほど、すごく考えて漫画を描いておられます。

一般の読者は漫画家がそこまで考えて描いているなんて思ってもいないでしょうね。

たしかにすごいんですけども、やはり空回りしておられるんですね。

こんなこというと江川氏に「おまえもバカな読者か」と叱られそうですが。

(てか、こんなとこ江川氏が見るわけもないですが 笑)

例えば、氏は「ドラえもん」を批判しておられます。

なんでもかんでもドラえもんに頼っていてはのび太に成長がないと。

そしてタイムマシーンやどこでもドアがあれば、どんな犯罪も可能ではないかと。

こんな悪知恵を子供に読ませてなにが良書だと。

いや、ごもっとも。

おっしゃることはよくわかるのですが、でもそれってあげ足取りじゃないかと思ってしまいます。

子供は誰でもそういう憧れを持つものです。

でも現実はまったく違って冷たくシビアです。

だからこそ「あんなこといいな、できたらいいな」と面白く楽しく「ドラえもん」を読む(観る)んじゃないですかね。

実際アイテムの使われ方はたわいもない内容じゃないですか。(詳しくは知らないのですが)

じゃあそのアンチとして描かれた「まじかる☆タルるートくん」はどうだったか。

「ドラえもん」の足元にも及びませんでしたね。

売れればえらい売れなければだめというわけではありませんが、やはり「ドラえもん」は偉大です。

「まじかる☆タルるートくん」はドンキホーテでした。

それはそれとしまして、氏にはぜひ大人の漫画でガツンとかましていただきたいです。

ラベル:漫画本
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2012年05月04日

「虹と修羅」円地文子

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「朱を奪うもの」「傷ある翼」に続く三部作の最終巻です。

冒頭で滋子は子宮がんの宣告を受けます。

そんな滋子の落ち込みを余所に、むしろ生き生きとして見える夫の宗像。

そして歌舞伎役者になることを夢見て滋子にわがままで負担をかける娘の美子。

重苦しい毎日の中で滋子は懸命に小説を書き、昔の恋人である柿沼と結ばれたりして励まされ癒されるのですが。

乳房を失い、子宮も失い、女としての機能を失いながらも柿沼を心の拠り所にして小説を書き続ける滋子。

愛のない夫との生活、自分の分身でありながらもひとりの女として歯向かってくる娘の美子、柿沼との逢瀬、小説にかける情熱。

まさに虹と修羅です。

しかし柿沼も死病に冒され世を去ります。

からっぽな心境になってしまう滋子・・・・。

これからもこの修羅な生活が続いていくのであろうことを示唆して小説は終ります。

作者はこれは私小説ではないと否定しておられるようですが、やはりご自身をモデルにしているであろうことは明らかです。

円地文学の柱ともいえる三部作ではないでしょうか。

ラベル:小説
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2011年11月16日

「傷ある翼」円地文子

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「朱を奪うもの」に続く三部作の第二部がこの作品です。

第一部の「朱を奪うもの」では主人公の宗像滋子が歯もなくなり右の乳もなくなり、子宮さえもなくなった体で過去を振り返るという構成です。

左翼的な思想に揉まれプロレタリア演劇にのめり、戯曲を書き、左翼な文学者一柳燦との恋愛があり、そして宗像勘次と打算的な結婚をします。

そしてこの第二部では美子という子供もでき、宗像との結婚生活が描かれています。

打算で結婚したわけですが、宗像の卑しさを目の当たりにし、二人の間に愛などありません。

どうにか子供で繋がっているようなものです。

なんとか自分の力で生きていこうと滋子は小説を書くことを決意します。

一柳との再会、そして別れ。

女の生き方や性、結婚、男たちとの運命的な出会い。

第一部に引き続き、戦中戦後を背景にそれらが実に丁寧に積み重ねるように描かれていきます。

いよいよ第三部では第一部の冒頭に向かって話が収束していくのでしょうが、さて戦後の時代を滋子はどのように生き抜いていくのでしょうか。

ラベル:小説
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2011年01月07日

「妖」円地文子

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昭和三十一年から三十二年にかけて書かれた短編集です。

表題作「妖」の主人公千賀子は夫と二人暮らし。

坂道の途中に背をくっつけるようにして建っている家に住んでいます。

娘が二人いますが、いずれも嫁いで家を出ていきました。

夫婦はいまや寝室も別々の冷めた関係です・・・・。

特にこれといった物語があるわけではありません。

翻訳の仕事をしている千賀子は母屋の縁から坂の崖にもたせかけて立っている中二階を仕事場兼寝室にしており、ベッドは坂に面した壁際に置いてあります。

そこに寝ると坂の腹にぴったりくっついて横たわることになるのですが、千賀子はそんな状況にまるで棺の中に寝ているような静けさを感じるのです。

そのシーンが私には印象的でした。

そしてこの坂道はやはり人生を象徴しているのでしょうね。

いろんなエピソードが坂道を絡めて描かれています。

他の収録作も読んでみますと非常に女性の性を意識した小説集です。

それは『老い』であったり『性欲』そのものであったり。

それは子宮癌による子宮摘出をはじめ、白内障や脳梗塞など「病気の問屋」とまでいわれた作者の必然的なテーマでしょうか。

ラベル:小説
posted by たろちゃん at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 『え』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする