2010年05月19日

「朱を奪うもの」円地文子

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物語は主人公の宗像滋子が病院で抜歯したところから始まります。

口の中には自分の歯が一本もなくなったと。

そしてそれ以前に右の乳を取り、子宮も無いことが語られます。

そこから滋子が記憶をさかのぼるという形で話は昔へ。

滋子の父は英文科の大学教授。

そして著名な演劇の指導者でもありました。

そんな父もやがて亡くなり、叔父夫婦に引き取られることになります。

やがて演劇の世界に入り戯曲なども書くようになる滋子。

左翼的な思想に揉まれたりプロレタリア演劇に惹かれたり。

いろいろな男が滋子の前に現れますが、結局は無神経で図々しいながらも自分のやりたいことをさせてくれそうな宗像と結婚することになります。

打算のある結婚ですね。

なんだかんだいいつつもやはり男と一緒にならないと生きていけない時代です。

当時の風俗を背景に女の生き方や性、恋愛などがみっちりと描かれています。

私小説を思わせるようなこの作品は「傷ある翼」「虹と修羅」との三部作だそうです。

そのせいかこの「朱を奪うもの」だけを読むとどうも未消化で歯がゆい感があります。

宗像との結婚後どうなるのか、冒頭に至るまでの滋子に何があったのか、そして過去を振り返っている現在の滋子は。

後の二作もぜひ読まねばなりますまい。

ラベル:小説
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2010年03月29日

「女坂」円地文子

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時代は明治初期です。

主人公の倫の良人、白川は十歳年上の大書記官。

そんな白川が妾が必要と言い出し、倫が上京して妾を探してきます。

わざわざ離れをこしらえ、そこに妾の須賀を住まわせる白川。

女好きの白川はそれだけでは飽き足らず、やがて小間使いの由美や長男の嫁である美夜にさえ手をつけます。

良人との愛などなく、そんな行動に傍で文句も言わずにじっと耐え続け、ひたすら家を守ることだけに尽くす倫。

途中皆で芝居を観に行く場面があります。

出しものは「四谷怪談」。

伊右衛門が隣の娘お梅と恋仲になり、妻の美貌を醜くする薬を産後に効く薬だといってお岩に与え、正直なお岩はそれを信じておしいただくように飲み続けるのです。

その芝居を観て、良人の白川を伊右衛門に、伊右衛門を奪うお梅を須賀に、信じる夫に無残に裏切られ悪霊と変化していくお岩に自分を重ねます。

妻の情念がこもった怖い描写です。

しかし白川という男のために犠牲を強いられるのは倫だけではありません。

十五歳で生娘のまま妾に連れてこられた須賀。

世間のことは何もわからないまま歳を重ね、四十を過ぎてもう人生のやり直しはできません。

由美も同じく連れてこられたのは十六歳。

白川には須賀ほど思い入れが無かったらしく、いい歳になると都合よく嫁に出されます。

ある雪の日、外出からの帰りに倫は邸への坂道を登ります。

足の達者な倫はいつもなら問題ないのですが、この日は足が重い。

しかしこんな日に限って車が見当たりません。

雪の中をふらふらになりながら倫は坂道を登ります。

「歩かなければいけない。登りつづけなければ、決して坂の上に出られないのだ」と言い聞かせながら。

その後倫は寝込むことになります。

すでに倫は病に侵されており、目の前に寿命が迫っていたのです。

死を待つ床で口にする倫の最後の言葉は壮絶です。

何十年も良人や家のために自分の人生を犠牲にしてきたその咆哮は、怒りというよりもむしろ虚しさといえるのではないでしょうか。

ラベル:小説
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2010年03月06日

「スイートリトルライズ」江國香織

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主人公の瑠璃子はテディベア作家。

2歳年下の夫、聡は外資系の情報システムの会社に勤めています。

子供はおらず不満のない日々。

しかし夕食が終わるとすぐに自分の部屋に鍵をかけて閉じこもりゲームをする夫に、瑠璃子は愛の飢餓感を感じています。

そんな瑠璃子の前に現れたのが春夫という年下の男。

瑠璃子の展覧会で出会います。

やがて二人は男と女の関係になります。

一方夫の聡も大学時代の後輩であるしほと同じような関係になるのですが。

まあ妻も夫も不倫しているという話ですね。

それをこの作者独特のアンニュイな文体でさらりと美しく書いています。

「人は守りたいものに嘘をつくの。あるいは守ろうとするものに」

瑠璃子が春夫に言うセリフです。

「あなたが美也子さんに嘘をつくように。私が聡に嘘をつくように」

なるほど、なかなかするどいセリフであります。

さすが江國香織。(笑)

ダブル不倫もこの作者の手にかかれば実にロマンチック。

和製ハーレクインといったところでしょうか。

しかしやってることといえば男と女アレしかないわけで、瑠璃子は春夫と週の半分以上は逢ってやりまくってるというとんでもない話です。

読むほうはおそらくタレントのような美男と美女を想像して読むのでしょうが(映画化もされます)、それを例えば耳にタバコをはさんだパンチパーマに作業着姿のオッサンと化粧気のない頭ボサボサ年中ジャージ姿のオバハンに置き換えるとどうでしょう。

「おまえらアホか」っちゅう話ですわな。(笑)

それをいうと身も蓋もありませんが。

ま、冗談はおいときまして。

スイートリトルライズ=甘く小さな嘘。

なかなか江國香織の雰囲気を楽しめる一冊だと思います。

ラベル:小説
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2009年12月22日

「雪燃え」円地文子

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時代は昭和二十九年。

茶道の世界を舞台にした小説です。

温泉旅館で手伝いをしていた中学を出たばかりの萩乃は、綾小路流若宗匠の湛一と出会います。

それをきっかけに湛一の愛人となり、美貌と頭の切れを武器にいろんな男を踏み台にし、その世界でのし上がっていきます。

愛人という立場でありながらも綾小路流の中では誰もが認める存在にまでになった萩乃。

何事にも動じない若宗匠の湛一を愛してはいるものの、冷酷なまでの物静かさに憎悪さえ感じる矛盾した気持ちを抱えます。

やがていろんな男を踏み台にしたつけが回ってきて・・。

端正な文章で書かれる世界はしっとりと趣があります。

つねに物静かで考えを表面に出すことのない湛一、凜として芯が強く野望を内に秘めた萩乃の魅力がいい。

男と女や権威に対しての欲といった決して綺麗ごとではすまない話を、茶道という閉鎖的な世界の中に描いています。

味わいのある小説でした。

そういえば芝木好子の「雪舞い」や中里恒子の「時雨の記」、伊集院静の「白秋」など、こういう世界がどうやら私は好きなようです。(笑)

ラベル:小説
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2009年10月18日

「東京タワー」江國香織

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大学生の透と耕二。

どちらも年上の人妻とつきあっています。

透は純愛です。

詩史のことしか考えられない。

付き合いの主導権を握るのは詩史。

つねに彼女からの電話を待ち、逢ってもバーで飲んで話すだけだったりします。

せっかく二人きりの時間を過ごしたいにもかかわらず。

耕二のほうは喜美子の体から離れられません。

逢うたびに激しい時間を過ごします。

同じ大学生の由利という恋人がいながら。

こちらは耕二が主導権を握っているようですが、しかし結局は喜美子に翻弄され、自分の手に負えない女だと気づきます。

対照的な二組を抑揚のないしっとりとした文体で描いています。

二人の視点がけっこう小刻みに切り替わり、うっかり読んでいるともう一人の視点に切り替わっていたりして。

そして回想シーンなんかも急に挟まったりして、ちょっと混乱するところもあります。

まあこれは読む側の集中力の問題かもしれませんが。(笑)

大きなドラマがあるわけでもなくラストもさりげないですが、とても雰囲気のある小説だと思います。

タイトルの「東京タワー」ですが、ちょっとこれは内容から遠い気がしますね。(笑)

ラストをうらぶれた夜景ではなく東京タワーにすればタイトルも生きて締りが付いたように思いますが、それではちょっとシーンにそぐわないか・・・・。

ラベル:小説
posted by たろちゃん at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 『え』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする