2018年02月10日

「贋世捨人」車谷長吉

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作者の半生的な私小説です。
昭和36年の春に高校受験を失敗したところから始まっています。
本命の高校に失敗し、最低ランクの高校へ。
その後は慶應義塾に入学、卒業後は広告代理店へ。
しかし金儲け主義の仕事に興味が持てず退職。
新左翼系の出版社に就職し、そこも辞め、職を転々とし、やがては料理屋の下足番になり贋世捨人として生きていこうとします・・・・。
事実を基にはしているでしょうが、やはりフィクションであり小説なんでしょうね。
主人公はいつものごとく生島嘉一。
作者の分身です。
コツコツと地味な話を重ねているのですが、なぜかこの作家が書くと面白いんですよね。
真剣さが逆に空回りしているような滑稽さも感じさせます。
これも作者のキャラといいますか文体といいますか、作家としての才能といいますか、そのようなものなんでしょうか。
巻末に車谷長吉自歴譜というのが載っています。
作者の手による自歴なわけですが、これがまたちゃんと作品になっていて面白いんですよね。
やはりこの作家には意識的か無意識か、にじみ出るユーモアがあります。
ラベル:小説
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2017年12月22日

「昼のセント酒」久住昌之 画・和泉晴紀

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タイトルの「セント酒」とはなんでしょうか。
表紙の写真に注目。
つまり銭湯のことですね。
昼間っから銭湯に浸かってそのあとは酒と。
いいじゃないですか。
私も昼間っから酒を飲む人間でして、いや、朝からですね。
大阪は西成、朝っぱらから開いている飲み屋が何軒もあります。
しょっちゅう朝から飲んで酔っぱらってます。(笑)
なので朝酒昼酒にかけては人後に落ちませんが、銭湯はもう何十年もご無沙汰してますねぇ。
家風呂ではなく銭湯という解放されたような空間で湯に浸かる。
そのあとは飲み屋へ。
最高の贅沢ですね。
三ツ星の店とかなんとかどうでもいいくらいのものです。
この本では10軒の銭湯→飲み屋が紹介されています。
昼間といってもほとんど夕方ですが、それでもまだ陽のあるうちから風呂に入り、湯上りの火照った体で飲み屋へ寄りビールをぶち込む。
たまりませんね。
読んでいてなんというかじわっと染み入るものがあります。
紹介されている銭湯にしろ飲み屋にしろ、どれも味わい深い。
著者の観察が庶民的でまた。(笑)
ラベル:グルメ本
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2017年03月17日

「春の道標」黒井千次

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倉沢明史は高校2年生。
サークルで同人誌を発行し、詩を書いている少年です。
学校は旧制中学から新制高校に切り替えられて2年目。
いよいよ来年から本格的に男女共学になります。
明史にはひとつ年上で幼なじみの慶子という少女がいるのですが、彼女と初めてのキスを経験します。
異性への目覚めに戸惑う明史。
しかしそれと同時に通学途中で出会う中学生の棗にも心惹かれ、声をかけ付き合うことになるのですが・・・・。
いやぁ、青くて甘酸っぱいですねぇ。
時代は具体的に記されてなかったと思いますが、旧制中学や進駐軍という言葉が出てくる時代であります。
そんな中での青春であり恋愛なわけですが、根本的な異性への恋愛感情というのはやはり変わらないものなのだなと。
もし自分が今この年代に戻ったとしてどういう恋愛をするだろうと考えると・・・・。
やはり明史と同じようなものかもしれませんね。
変わらないように思います。
青春時代の普遍的な恋愛と性を描いていると思うのですがどうでしょう。
ただ現在の中高生はどうか知りませんけども。
すべての人ではありませんが、昔に比べてチャラい印象がある現在の中高生。
そのような人たちがこの小説を読んでどう思うのか。
つーか、今どきの中高生はこんな小説読みませんわな。
たぶん。(笑)
ラベル:小説
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2017年02月19日

「幸せまねき」黒野伸一

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中山家は4人家族です。
真太郎は45歳の会社員。
仕事だ付き合いだと家庭のことはほったらかしです。
妻の小絵は38歳の専業主婦。
そんな夫に愛想を尽かしてテニスのコーチと不倫に走ります。
長女の稔は17歳の高校2年生。
クラスの問題児と付き合い始め、色気づいてきました。
長男の翔は11歳の小学5年生。
学校でいじめられています。
そしてペットが2匹。
三毛猫のミケとコーギーのタロウ。
バラバラな中山家はいまにも崩壊しそう・・・・。
家族小説です。
それぞれの家族の日常が描かれているわけですが、ペットの2匹の視点からも描かれているのがユニーク。
「吾輩は猫である」みたいなものですね。
家族ひとりひとりの事情や悩み、それらが人間以外の客観的な視線でとらえられています。
そしてペットと家族の絆や愛情。
なんだかんだいいつつやはりどこかで家族はつながっているわけで、ペット2匹が要の役所となっています。
長男のいじめ問題や長女と問題児の関係についても、犬のタロウがいい役目をしています。
ペットの視線を取り入れるのはもしかしたら賛否の分かれるところかもしれません。
なくてもいいとは思います。
そのほうが硬くはなりますが、引き締まってよいのでは。
しかしそれがあってこそのこの作品なわけで、ユーモアといいますかちょっとファンタジーな味付けになっていますね。
ただ私は猫が大嫌いなので、ミケの存在はなくてもいいかと。(笑)
トータルな感想としましては、やはりペットの視点がどうかなといったところです。
ラベル:小説
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2016年09月10日

「相剋の森」熊谷達也

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クマを狩る猟師マタギの親睦会を取材で訪れた編集者の美佐子。

会場で「今の時代、どうしてクマを食べる必要があるのか」とぶち上げます。

雰囲気の悪くなった会場を出た美佐子は、ロビーで吉本というカメラマンに声をかけられます。

そこで吉本が言った「山は半分殺してちょうどいい」という言葉が頭を離れません。

なぜ人間は動物を殺すのか。

マタギは自分たちが生きていくために果たしてクマを狩る必要があるのか。

山を殺すとはどういう意味なのか。

美佐子は彼らの懐に入り込んで取材を始めます・・・・。

「森」シリーズ3部作の第1弾です。

といっても3作に繋がりはありません。

むしろこの「相剋の森」は吉本が主人公だった「ウエンカムイの爪」の続編といえます。

最近は動物愛護が相当うるさく言われています。

もちろん動物の命は大切であり、人間の身勝手でそれを奪っていいわけはありません。

マタギに対しても当然その考えはぶつけられます。

しかし昔からそのような暮らしをしてきた人たちはいまだいるわけです。

クジラやイルカにしてもそれらを捕獲し、食料としてきた文化があります。

単純に第三者がしゃしゃり出て反対を唱え批判できるほど浅い問題ではないでしょう。

都会の理屈と自然の理屈は違いますしね。

ただどこかで折り合いはつけなければならず、この作品にもそういう問い掛けがあります。

シリーズ2作目の「邂逅の森」ほど緊迫感あるシーンはありませんが、しかし大自然を相手に生きる人間を描き、読み応えのある作品となっています。

ラベル:小説
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