2020年05月07日

「かながわ定食紀行」今柊二

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タイトルの「かながわ」というのは神奈川県のこと。
この本は神奈川新聞に連載された神奈川の定食屋を紹介した記事をまとめたものです。
その数50軒。
著者は定食屋を愛することで知られた人。
他にもいろいろと著書があります。
ですが定食屋を愛するということでは、ある程度の年齢以上の男性なら皆そうではないですかね。
気取った店なんかで昼めしを食いたくない。
安くて旨くてガッツリと。
カフェめしなんて頼まれてもいらんわ。
そんな人は多いと思います。
お洒落なカフェでパスタランチ?
本日のパスタにパンとサラダ?
で、980円?
アホかと。(笑)
んなもんで体が持つかいっ。
財布も持たんわ。
日本男児ならメシでしょ。
白ごはん。
これを大盛りにしてもらってね。
で、鯖の焼いたのだとか味噌煮だとか、トンカツだカラアゲだ、肉と野菜を炒めたのが皿にどばっとか、そんなのをおかずにして、白ごはんをわっしわっしですよ。
ごはんおかわりできますなんて言われたりしたらあんた、食べるペースも進みまして、おかわりしなきゃ損とばかりに1杯目をソッコー空けまして、「すんません、おかわり!」と。
これでしょ、定食屋。
いや、話が飛躍してしまいました。
これはあくまで私の個人的な思いであります。
著者はそこまでは書いておられませんので。(笑)
紹介されているのは必ずしも純粋な定食屋(大衆食堂)というわけではありません。
中華屋や洋食屋もあります。
しかしその姿勢は定食屋だったりするんですよね。
昔ながらの定食屋というのがどんどん無くなっています。
そしてこの本で紹介されている店も現在はやはり何軒も閉店しておられるようです。
寂しいですね。
ファーストフードやファミレス、チェーン店は気軽に入れますし便利です。
ですけどなんの風情もありませんし、店のオトーチャンやオカーチャンとの思い出とか、そんなのありませんもんね。
私は大阪在住で神奈川の定食屋なんてまったく縁がないわけですが、事情は同じ。
だんだんと、いい定食屋は姿を消しています。
このような本が定食屋存続につながりますことを。
ラベル:グルメ本
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2020年04月21日

「シャーロック・ホームズ傑作選」コナン・ドイル

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シャーロック・ホームズ。
これはもう世界一の名探偵と言っていいんじゃないでしょうか。
彼が登場する小説を読んだことがない人でも名前は知っているはず。
そんなホームズの傑作選ということで短編集です。
短編6編収録。
ふむ。
シャーロック・ホームズといえば、世界中にファンがいます。
ロンドンのベイカー街なんてファンの聖地です。
世界中からファンが殺到しています。
それほど支持されているシリーズに物申していいのか。
と思うのですが、やはりここでは素直な感想を。
→ それほどのものか?(笑)
これはもう私が個人的にミステリーを好んでいないせいだと思います。
そして時代もあるでしょう。
ホームズが書かれたのは1886年~です。
100年以上前になりますね。
私も何度か読んでいまして今回は再読といえるのですが、やはり「はてな?」と思います。
有名な『まだらの紐』なんかも、「それ蛇やん」とソッコーでわかってしまいます。
また蛇をそのように手名付けられるのかよと。
そしてホームズに叩かれた蛇が戻っていくか?
普通落ちるやろ。(笑)
こういうところで私は白けてしまうんですよね。
もしかしたらこういうのってプロレスと一緒なのかもしれません。
「そういうところは、まあ、ナニがアレなんで、ここはひとつ穏便に」と。
納得できるのがミステリーファン。
プロレスファンと一緒です。
「わかった上で楽しんでんだよ、こっちはよ」と。
納得できないのが私のような素人。
ホームズであろうが金田一であろうが、ダメなものはダメ。
ここはおかしいだろ、あそこはそんなはずないだろ、と。
ミステリーといいますか、推理小説ですね、私が好きになれないのは。
探偵やら刑事やらがトリックやアリバイを解くという類の小説が好きになれません。
そういう意味では、この作品集、どれも感心できなかったですね。
あーあ、シャーロック・ホームズにケチつけちゃいました。(笑)
ラベル:海外小説
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2020年04月07日

「負け逃げ」こざわたまこ

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隣町に行く国道沿いに何軒もラブホテルがある村。
逆にいえばそれしかないようなド田舎です。
夜中にそんな国道をウォークマンで大音量の音楽を聴きながら滑走するのが好きな僕。
ある夜、僕は国道でクラスメートで足の悪い野口という女子生徒と遭遇します。
彼女を自転車の後ろに乗せ、こんところでなにをしていたのか尋ねると、ラブホテルで男とセックスしていたとのこと。
村いちばんのヤリマンといわれている彼女は、村に復讐するためにすべての村の男たちとセックスするのだと言います・・・・。
「僕の災い」というデビュー作を筆頭にした連作形式の長編です。
このあと主人公を変えて話が進んでいきます。
友情、いじめ、不倫、家庭崩壊、出会い系での性交渉・・・・。
いろんな視点でいろんなテーマが描かれています。
ド田舎の村という閉ざされた空間での閉塞感。
もがくように村にしがみつき、あるいは飛び出していく人たち。
村という舞台設定だからこその話ともいえますが、しかし都会でも変わらないのではないかという気がします。
誰しも常に自分の居場所はここなのか、という疑問を持っているんじゃないでしょうか。
それは住居ということだけでなく、アイデンティティとして。
でも結局どこにも出口や理想の地というものはないんだろうな、と。
ラベル:小説
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2020年01月08日

「評論家入門 清貧でもいいから物書きになりたい人に」小谷野敦

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世の中いろんな評論家がいますよね。
なにか事件があるとそれに見合ったジャンルの評論家がすかさずテレビに登場します。
戦争が起これば軍事評論家、飛行機事故があれば航空評論家とか。
他にもいろんな評論家がいます。
料理評論家、美術評論家、野球評論家、などなど。
さて、この本でいう評論家とは主に文藝に対しての評論家ですかね。
あとは社会学とか心理学とか、これも文藝評論の流れという感じで。
まあ評論家なんて自分で名乗ればとりあえずは今日からなれるんですけどね。
しかし世間に認められるにはある程度の実績がなければなりません。
やはりまずは著書でしょうか。
本を出しませんとね。
しかしこれがなかなか。
出したからといって売れるわけでなし。
というわけで、サブタイトルにもありますように「清貧でもいいから物書きになりたい人に」となるわけです。
著者の実体験を踏まえ、評論というものについていろんな角度から考察しておられるのですが、これらを飲み込んで、なおかつ評論家、物書きになりたいか。
たぶんそれでもなりたいという人はかなりの数いると思います。
貧乏でもいいから文章を書いてなんとか生計が立てられるのならそれでもいい、と。
でも現実はそんなに甘くないです。
生計を立てられるほどの収入を得ることさえ相当難しいです。
大学教授みたいに本職があって、サブの肩書でなんたら評論家ならいいですけどね。
まったくのフリーで評論家の看板をあげて生活するのはよほどの人でないと。
評論家じゃないですけど、人気作家の伊坂幸太郎氏
サラリーマンをしておられたのですが、小説1本でやっていこうと会社を辞めたとき担当の編集者から「なんで辞めたんですか」と心配されたそうです。
つまり小説を書いて食べていけるなんてほんの一握りの人だけなんですね。
あの伊坂幸太郎でさえ担当編集者は今後の生活(収入)を危惧したわけです。
ましてや評論家なんて。
それでも物書きになりたい人は、ぜひ本書をお読みください。(笑)
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2019年12月05日

「名人 志ん生、そして志ん朝」小林信彦

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2001年10月1日、古今亭志ん朝死去。
この報に著者は10代で父親を亡くしたとき以上に衝撃を受けたといいます。
そんな著者が志ん朝、その父親である志ん生と、二代にわたる名人について語ります・・・・。
志ん朝が亡くなったときは東京落語も終わったという人もいたくらいで。
まさしく巨星墜つの感でしたね。
文学でいえば中上健次が死去したときのような喪失感でしょうか。
本の内容に関しましては、それまで著者が書いてこられた志ん生や志ん朝についての集積です。
思い入れがひしひしと感じられます。
それだけではなく、東京落語の変遷として読むこともできるでしょう。
本の内容とは関係ないのですが、私もいちばん好きな落語家はとなりますと、やはり志ん朝ですね。
私は大阪の人間ですが、あの粋な江戸言葉にシビレます。
口調はチャキチャキでありながら、はんなりとした色気もある。
上手く説明はできませんが(説明なんか不要でしょうが)、まさに名人と言うにふさわしい人だったと思います。
もしあと10年20年生きておられたら、どんな落語を聴かせてくれたのか。
いまさら言ったところで詮無い話ですが。
上方では桂枝雀が好きでした。
今も好きですが。
この人の死も早すぎましたね。
現役の落語家では東京落語の柳家喬太郎がいい。
新作落語が面白く、古典もきっちりと演じられる実力派。
桂枝雀以上に落語の枠を突き抜けています。
話が逸れました。
でもやはり東京落語の正統派といいますか、志ん朝、いいなぁ。
しょっちゅうネットで拝聴しております。
あ、志ん生につきましては語るほど知らないので失礼。
それを言うと落語自体、たいして知らないのですが・・・・。
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