2011年03月30日

「河童のタクアンかじり歩き」妹尾河童

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タイトル通り、著者が日本各地のタクアン事情を取材して回るというコンセプトです。

しかしちょっとツッコミが甘いというか、それに徹し切れていないんですよね。

やたらタクアン以外の話に逸れる。

そのあたり著者も自覚されていますけども。

それはそれで面白いんですけどね。

著者による精緻なイラストが綴じ込み風に入ってまして、これは必見です。

タクアンといえば日本人にとって欠かせない食糧です。

でも最近はそんなこともなく・・・・。

この本が単行本として刊行されたのが1983年です。

この時点ですでにタクアン離れが語られています。

ましてや今は・・・・。

保存食として次がれてきた食糧が、現在では意味を成さなくなってきているということです。

だからといってそれらの食文化が途切れてしまうのはあまりにももったいない話です。

現在のタクアン、というか漬物全体がひどいですよねぇ。

でもそんな中にあって、昔ながらの製法を守ろうとしている企業もあるようです。

ぜひぜひ昔ながらの美味しいタクアン、そして漬物全般を守り通して欲しいと思いました。

ラベル:グルメ本
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2010年09月05日

「花芯」瀬戸内晴美

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短編集です。

五編収録されていますが、表題作の「花芯」が半分の枚数を占めています。

男性に対して奔放な女性を描いた作品です。

夫がいながらもその上司の越智に惹かれる園子。

しかしそれだけではなくいろんな男性と関係を持つようになります。

決して金を受取るようなことはしなかったのですが、初めて金を受取った老人から言われた言葉。

「私は世界もずいぶん歩き、さまざまな女をしっているつもりだ・・・・。しかし、きみほどの女はしらない」

その老人は園子の胸に顔を埋め、うわごとのように囁きます。

「かんぺきな・・・・しょうふ・・・・」

自分が死んで焼かれたあとも子宮だけがぶすぶすと悪臭を放ち、焼け残るのではあるまいかと園子が思うところでこの小説は終ります。

タイトルの花芯とは子宮のこと。

当時(昭和三十二年)は「子宮」などという言葉が露骨に使われているということで、瀬戸内氏は数年間文壇から干されたようですね。

それくらいインパクトのある作品だったのでしょう。

女の欲望や情念の象徴として子宮という器官を取り上げた生々しさ。

顔をしかめる人たちが大勢いたであろうことは想像できます。

私としましては最初に収録されている「いろ」という作品がよかったです。

るいという顔左半分に醜い火傷あとのある女。

現在は「備前町のお師匠さん」と呼ばれ、踊や長唄などの師匠をしています。

そんなるいが四十八歳のとき、銀二郎という十七歳の弟子を取ります。

るいは三十歳も年下の銀二郎を”いろ”(愛人)にし、銀二郎もるい以外の女は考えられなくなります。

今までさんざん蕩尽してきて名を馳せたるい。

有名な役者を片っ端からいろにしてきたるいです。

そんなるいの銀二郎を想う気持ちは壮絶です。

その気持ちは母親のようであり、一人の女としてでもあります。

銀二郎を一人前の男にするために犠牲を惜しみません。

お前さんだけは幸せにしてやりたい、人並みな結婚をさせなくちゃと。

それまでのあたしの女の命だとさえ言ってのけます。

銀二郎は初江という女と結婚するのですが、体を悪くして寝込んでいるるいのことが気がかりでしょうがありません。

やがてるいは孤独に息を引き取るのです。

銀二郎は腑抜けのようになり、初江は男とできて銀二郎名義の借金をしまくって高飛びです。

結局銀二郎も行方がわからなくなり、数年後暗い長屋で息を引き取ります。

畳もない荒むしろの上で。

駆けつけた弟の嫁である菊はつぶやきます。

「お師匠さんがお迎えに来なすったんですね」

激しすぎる愛の物語です。

ラベル:小説
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2009年12月18日

「卵の緒」瀬尾まいこ

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表題作は坊ちゃん文学賞を受賞したデビュー作とのこと。

いきなり「僕は捨て子だ」という書き出しで始まります。

主人公の育生が母親の実の子であるという証拠に臍の緒を見せろと迫るのですが、母親は卵の殻を見せ「育生は卵で産んだの」と、しゃあしゃあと答えます。

そんなこんなでタイトルがきてるわけですが。

最後のほうで母親は「この話をするのは最初で最後」と真実を語ります。

もう一篇の「7's blood」。

主人公の七子は女子高生。

死んだ父の愛人の息子である小学生の七生と同居することになります。

母親は入院しているので実質二人暮らしです。

そんな生活の中で異母姉弟はどのように心を打ち解けさせていったのか。

どちらの小説も血のつながりというものを扱っているのですが、しかしそれを超えた大きな気持ちを感じさせる内容です。

血のつながりというのはもちろん大切な事実でしょう。

しかしそれが家族として絶対の条件であるのか。

つながりがなければ家族として成り立たないのか。

血が繋がっていなくても親が違っても通じ合うものがあるではないか。

優しさあふれる温かい小説でした。

ラベル:小説
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2009年05月23日

「魚味礼讃」関谷文吉

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浅草の「紀文寿司」という店のご主人が書かれた本です。

いろいろな魚の旬や、本来その魚の持つ香りや味わいについて語っておられます。

魚も外国産が多く入ってきているようで、値段は安いですが味はやはり国産にはかなわないようで。

干物などびっくりするエピソードが紹介されています。

著者の友人が伊豆へ旅行したときのこと。

海岸沿いにイカが干されています。

その風景にカメラのシャッターを切ったのですが、タクシーの運転手曰く海岸沿いに干されたイカはなんとイカの形に切られたビニールであると。

産地で取れたイカはすべて築地に出荷してしまい、地元の物産店に並んでいる干物用のイカはどこでいつ取れたかわからない代物だそうです。

せめてカッコだけでもと海岸沿いにビニールのイミテーションを吊り、それで観光客を釣り、物産店で素性の知れないイカを売っているとは・・・・。

越前ガニやブリなどは別として、一流のものはやはりすべて築地に集まるとのこと。

それが経済の流れとはいえ、なんだか情けない話ではあります。

それはともかく、著者の魚に対する思い入れが伝わる本です。

ただ理論整然としたちょっとナルシズムな文章に、やや高飛車な印象を感じないでもありませんが。(笑)

ラベル:グルメ本
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2007年05月09日

「再会」瀬戸内晴美

短編集です。
どの作品も男と女の物語なのですが、なんといっても40年以上前の作品。
しかもまだそこから遡って戦時中のことが語られていたりします。
処女がどうのこうのといったような記述にはやはり時代を感じます。
しかし異性に対する情念のようなものは今も変わりないですね。
時代背景や貞操観念は変化しましたが、やはり気持ちのいちばん深い部分は変わらないのだと思います。

ラベル:小説
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