2021年02月08日

「蓼喰う虫」谷崎潤一郎

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結婚して子供も授かったものの、愛のない夫婦。
最初は愛もあったのでしょうが、お互いこれは違うなと気づき始めて。
妻の美佐子には夫公認の愛人がいます。
夫の要も娼婦のもとに通っています。
離婚に向けて動き始めているのですが、子供のこともありなかなか事態は進展しません。
時期を伺いながら要の親友や美佐子の父親も巻き込んで、じわじわと話は進んでいきます・・・・。
いままで読んできた谷崎とは雰囲気が違いますね。
耽美的な印象が薄い。
というかエロスの要素が薄いんですよね。
男女(夫婦)の愛について、冷めたような枯れたような視線を感じます。
で、日本の美意識というんでしょうか美学というんでしょうか、そういうことをじっくりと書いておられます。
義父の妻である京女のお久。
美佐子とは反りが合わないのですが、要はどうも気になるようで。
これもまあ要が日本的なものに惹かれているという解釈ができますでしょうか。
ラストなのですが、尻切れトンボな印象を持ちました。
え、いきなり終わり? みたいな。
でもこのラスト、要とお久のこのあとの関係を示唆しているというのは深読みし過ぎでしょうか?
ラベル:小説
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2021年02月06日

「「あまカラ」抄2」高田宏 編

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昭和26年に創刊され、同43年まで200号発刊された食の雑誌「あまカラ」。
毎月20篇前後の食エッセイを掲載していたとのこと。
トータルでおよそ3000篇前後とのことですが、その中から3巻で約130篇を収録したのがこの「あまカラ」抄です。
編者は苦労されたようですね、作品選びに。
そりゃ3000篇の中から130篇を厳選するわけですから。
3巻で刊行するにあたって、まずその3巻をどのように分けるか。
編者は第1巻は作家篇、第2巻は学者・評論家篇、第3巻は諸家篇としました。
そして選び出した基準が『「食」を通して「人間」が見えてくる点においた』といいます。
『もっと言うなら、書き手の生(いのち)が、書き手の喜怒哀楽が、飲食を通して見えてくる文章を選んだ』と。

以上の文章は以前に「「あまカラ」抄1」を紹介するときに書いた文章です。
というわけで今回は第2巻なので学者・評論家篇ということになります。
さすがにそうなると一般的な知名度は作家篇よりも低くくなってしまいますけどね。
だからといって内容は決して劣るものではありません。
それぞれ実に味わい深い。
まあそれでも名の知れた筆者を挙げますと、池島信平、福田恒存、小林秀雄、柴田翔、など。
やはり時代のせいもあるのでしょう、高級な店でこんなごちそうを食べました的な話はありません。
粗食的な話が多い。
そしてそんな中にも美味を見つけ、感動しておられる。
これが原点ですね。
「ほたるの墓」という有名なアニメがあります。(原作は野坂昭如の小説)
現代の人に食事で白いご飯だけを出してさあどうぞなんていったら「はぁ?」となりますよね。
でもあのアニメの幼い兄妹に炊き立てのアツアツの白ご飯を出してあげたらどうでしょう。
涙を流してむさぼり食らうんじゃないでしょうか。
いや、アニメの話だけじゃなしに。
戦中に食べ物がなく飢えのため命を落とした多くの人たち。
最前線の戦地に送られた兵隊さんにはそういう人が多かったと聞きます。
そんな人たちにとって今私たちが当たり前に食べているご飯はどれほどのごちそうだったことでしょう。
かなり前から私はそんなことを考えるようになりました。
そうなると食べ物に対してあの店の料理がどうだとか、口にするのが嫌になりました。
飢えることなく毎日それこそなんでも食べられる現状。
ただそれに感謝します。
この本を読みますと、そいういう気持ちを思い起こさせてくれます。
ラベル:グルメ本
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2020年12月06日

「涼宮ハルヒの憤慨」谷川流

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シリーズ第8弾。
今回はいよいよ生徒会長がSOS団にケチをつけてきます。
勝手に文芸部の部室を乗っ取り、有名無実化している。
これ以上部室を使用し続けたいのなら、文芸部としての活動をしろと。
機関誌を作れと生徒会長は言います。
1週間以内に200部を刷り、全部捌けるのが条件だと。
できなければこの文芸部部室を明け渡さなければなりません。
負けん気の強いハルヒは当然受けて立ちます。
キョンや朝比奈さんたち部員にテーマを与えていろいろ書かせるのですが・・・・。
久しぶりに読みましたが、いやあ、やっぱり面白いなぁ。
ベストセラーになるだけありますよ。
それぞれのキャラが実にいいんですね。
ハルヒ、キョン、長門有希、朝比奈さん、古泉、他。
しっかりと描き分けられています。
世界観もラノベなノリなのですが、けっこうしっかりとSFしてますしね。
なので幅広く読者をつかんでいるはず。
今回はチラッとハルヒのキョンへの思いも匂わせています。
で、このシリーズ、最初の「涼宮ハルヒの憂鬱」が出版されたのが2003年。
今から17年前ですか。
当時生まれた赤ちゃんがいまや高校生です。
20歳だった青年が37歳のオッサンオバハンです。
しかし主人公たちはいまだ高校1年生という。(笑)
要はそれだけのスパンで支持されているし、幅広い年齢層に受け入れられているということです。
そしていよいよ今年の11月に9年ぶりの新刊「涼宮ハルヒの直感」が出版されました。
シリーズ第12弾ですね。
いずれこれも読ませていただきます。
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2020年10月26日

「感覚の倫理学」田中康夫

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著者が「なんとなく、クリスタル」でデビューしたのが1980年。
ベストセラーとなり社会にも大きな影響を与えました。
その勢いを借りて(?)1983年から「anan」に連載されたのがこのエッセイです。
当時の風俗、流行、世相をなよっぽい文体でありながら鋭く切り込んでいるのはさすがです。
ただちょっとシニカル過ぎて鼻についたりもするのですが。
また青さもありますね。
この当時は20代半ばくらいでしょうか。
ちょっと余裕をかましながら世の中にツッパッてみました感もないではない。
しかしこういう視点とスタイルで世相を論じておられたのはやはり田中康夫だなと思います。
ラベル:エッセイ
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2020年10月20日

「たべたいの」壇蜜

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タレントの壇蜜が食べ物についてあれこれ語ったエッセイです。
壇蜜という人については私は名前と顔しか知らず、テレビでも観たことがありません。
というか、テレビ自体ほとんど観ないんで当然すけど。(笑)
それでもどこかで名前や顔は刷り込まれるものなんですね。
経歴や日頃どのような活動をしておられるのか知らないのですが、この本を読みまして「あ、知的な人だな」と。
この文章はそれなりの教養がないと書けないでしょう。
辛苦も舐めてこられたなという気もしましたね。
取り上げておられる題材(食材)はごく身近なものばかり。
牛乳であるとか納豆であるとか。
魚肉ソーセージだの、のど飴だの、ラムネ菓子だの。
で、こういう身近なモチーフはやはり独特の切り口でないと読み物にならないんですよね。
例えば納豆をごはんのおかずとして食べる場合、ほとんどの人はごはんにかけると思います。
しかしこの人はパックの納豆に少しずつごはんを入れて食べる。
こうすると茶碗がねばつかず、パックの隅まで納豆を満喫できて無駄がないと。
こういう逆の発想は私にはありませんでした。(笑)
非常に庶民的な行為をインテリっぽいようなそうでないような独特の文体で書いておられます。
それは食癖食遍歴の御開帳であり懺悔であり挑発でもあります。
ラベル:グルメ本
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