2019年01月09日

「日常の極楽」玉村豊男

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極楽というものは天上にあるのではなく、健全な小市民としての日常のささやかな暮らしの中に発見していかねばならない。
著者はそう主張します。
そうですねぇ、ハレとケという言葉がありますけども、皆ちょっとハレを求め過ぎではないでしょうか。
派手な部分に惹かれ、日常の些細なことに関してはありがたみを感じない。
そんなことはありませんかね。
でも現在は当たり前の日常こそが極楽であると気付き始めている人も多い。
昔ながらの自然がどれだけ貴重なことか。
緑を伐採しビルを建て、土を失くして地面をアスファルトで固め、自分の家の中を冷やすために外に熱気を吐き出しています。
そして今頃になって温暖化だなんだと。
エコだロハスだと。
どれだけ自分勝手なんでしょうか。
食べ物にしてもグルメだ美食だと。
昔の地味ではありますが本物の素材で作った料理のほうがどれほど美味しく贅沢なことか。
そういうところに本当の極楽はあるのですね。
ラベル:エッセイ
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2018年12月03日

「性的黙示録」立松和平

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「遠雷」「春雷」に続いての3部作完結編です。
(このあと書かれた「雷獣」を含めて4部作ともいわれますが)
周りの農家は皆土地を売り御殿を立て、成金な生活をするようになりました。
主人公の満夫もそうだったのですが湯水のごとく金を使い、今やすべて手放し、嫁と二人の子供、そして母親と狭い家で暮らしています。
現在の仕事は貸布団屋の事務。
経理も手掛けているのですがその立場をいいことに会社の金を使い込んでいます。
いよいよそれが社長にバレ、満夫は社長を殺害してしまいます・・・・。
田舎が都市化され、農業を捨てた人間がどのように道を踏み外していったのか。
大事なアイデンティティを手放し、いままで持ったこともない大金に踊らされ、狂っていく人たち。
まさにバブルがそうでしたね。
しかし田んぼや畑を売り払い、そのあとがマンションだ駐車場だ商業施設だなどとなってしまってはもう元には戻りません。
土地も人間も。
それを発展というのか退廃というのか。
この作品の主人公はまさしく人として退廃していきます。
そして主人公と死者との会話。
今回この会話が象徴的であり、また作者の主張でもあるのですね。
田舎の片隅の話ではありますが、地味ながらもどっしりと読み応えのある内容でした。
ラベル:小説
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2018年10月22日

「赤めだか」立川談春

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立川談春、落語家。
名前からわかるように立川談志のお弟子さんです。
17歳で入門し、それからの苦労が面白く描かれています。
師匠は落語協会を脱退し立川流を創設したような人ですから、やはり弟子たちへの修業もユニーク。
なぜか築地市場へ修業に出されたりします。
落語を教わりに行ってなぜ築地市場なのか。(笑)
そのおかげでしょうか(?)、いまや立川談春といえば最もチケットの取れない落語家となりました。
テレビドラマでも活躍しておられますね。
この本では談志の落語に対する姿勢がよくわかりますし、それを目の当たりにして修業していく著者やその他の弟子たちの姿がいい。
そしてなにより落語家立川談春が今日に至るまでの軌跡が存分に味わえます。
ラベル:エッセイ
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2018年10月18日

「味覚日乗」辰巳芳子

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料理にもいろいろありまして、まあざっくり分けますと洗練された高級な料理か庶民的な料理か。
高級な料理といいますと料亭の料理であったり三ツ星レストランの料理であったり。
庶民的な料理といいますといわゆるB級グルメとかいわれる料理になるんですかね。
ラーメンであったり牛丼であったり。
いずれにせよ皆、というか若い人たちほど奇をてらった料理を喜ぶ傾向があるように思えます。
逆に言えば昔ながらの家庭料理なんかが軽くあしらわれがちです。
たしかに高級店の料理などは普段家庭では食べられないような料理でしょう。
じゃあ普段ちゃんとした家庭料理を食べているのかといえば、心許無い人がほとんどじゃないでしょうか。
昔ながらの基本的な家庭料理も知らずして、いきなり高級店の料理に飛びついてはしゃいでいる。
そのように思えてなりません。
日頃ちゃんとした味噌汁を食べずして高級和食の椀物を喜んでみたり。
そうじゃなく、毎日ごく当たり前の旬の素材を使って心を込めて作った家庭料理。
これこそが基礎になるべきではないでしょうか。
そんな当たり前のはずが今や貴重になってしまった料理を伝えておられるのが著者です。
旬の素材、まがいものでない食材、心を込めて手間暇かけた調理。
この本を読んでいますと心を洗われるような気がします。
家庭料理こそが原点ですよね。
それをおろそかにして何がグルメか食べ歩きか。
ガイドブックで人気の高級レストランに行くお金があれば、本物の食材を揃えることもできます。
そこの女性、いや男性もですが。
あちこちの店に出かけて食べ歩き自慢をする前に、まずは家でしっかりとした家庭料理を作ってみるべきではないですか?
そうすることにより食べ歩きも新たな意味を持ちますし、興味も広がります。
なにより料理や素材に対しての敬意がより深くなります。
昔ながらの家庭料理を身につけるなら今のうちです。
自分の祖母、そして著者のような人から少しでも受け継ぐべきではないでしょうか。
ラベル:グルメ本
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2018年09月18日

「銀二貫」高田郁

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大坂は天満で寒天問屋を営んでいる和助。
京都から帰る途中茶屋で休憩していたところ、父子が仇討ちにあうのに遭遇します。
父親は討たれてしまいましたが、銀二貫でその仇討ちを買い取り、討たれた武士の息子の鶴之助を引き取った和助。
鶴之助は名を松吉と改め、寒天問屋の丁稚として厳しい修業に耐えていきます。
そんな中で松吉は料理人の嘉平、その娘の真帆と出会うのですが、嘉平の店が大火で焼失し、嘉平も真帆も消息が知れなくなります。
ようやく再会できた真帆は、おてつと名を変えて知らない女の娘となり、顔半分にひどい火傷を負っていました・・・・。
松吉の人間としての成長、寒天造りに懸ける情熱、真帆への想い、和助や番頭の善次郎など周りの人たちの人情。
いろんな要素がバランスよく盛り込まれ、いや実に上手い。
読ませます。
さすがの高田郁だと思いました。
料理(寒天)についてとことん突き詰めていくあたりなど作者はご自身でも徹底的に実行しておられるようですし、これは「みをつくし料理帖」シリーズでも知られていましたね。
そしてタイトルの銀二貫。
これが背骨となってしっかりと全編を貫いているんですね。
最後の和助と善次郎のやりとりもホロリとさせるじゃないですか。
いい小説でした。
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