2018年04月09日

「世界中で食べてみた危険な食事」谷本真由美@May_Roma

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著者が世界を旅して食べてきたいろんな料理。
もちろんタイトルからしてグルメなどとは程遠い“危険な食事”です。
例えばまずは中国。
鶏の残骸が地べたに置いた5年前に洗ったかのようなまな板の上で原色をとどめていない中華包丁に切り刻まれ、串にさされてコンロで火あぶり。
タマリンドが腐ったような微妙な匂いのそれを食べ、夜中に滝ゲロ滝ゲリで病院へ。(笑)
ドイツではヘビーメタルの祭りに出かけ、屋台では肉とパンしかない。
ようやく探し当てたインドネシアなんとかの屋台で食べたナシゴレン。
糸をひいていました。
簡易トイレを占領してしまったそうです。(笑)
まあしかしようやるわと。
私も海外に行ったならその土地の料理を食べるべしという主義ですが、さすがにお腹に怪しい料理は避けます。
外国で旅行中に病気になったら大変ですもんね。
著者の場合敢えて自ら飛び込んでいってるわけで自業自得なんですが、その根性たるや素晴らしい。
あっぱれです。
ただ読む前はもっとしっかりとその国々の食文化に触れておられるかと思っていたんですよね。
その国の歴史ある食文化だけど、他国人からしたら危険に思える食事かなと。
例えば日本のフグ料理なんてそうですよね。
猛毒を持つフグを料理して食べる。
外国人からすれば日本の食文化というのはなんとクレイジーなのか、みたいな。
ですがそうではありませんでした。
ただ単に衛生上問題のある料理を食べてお腹こわしてみたいな。
まあ笑えますけどね。
ラベル:グルメ本
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2018年03月08日

「空の剣 男谷精一郎の孤独」高橋三千綱

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男谷精一郎は十五歳。
地獄道場といわれる「兵原草蘆」に内弟子として住み込んでいます。
一年経てば残っている者は数名という厳しい実戦稽古で知られる道場で修業を積んで四年。
しかし閉鎖に伴い師の平山子龍から破門を言い渡されます。
張りを失った精一郎は武者修行という名目の下、二歳の時に家を出ていった顔も知らない母親が住むという秩父を目指して旅に出ます・・・・。
男谷精一郎というのは実在の人物だそうですが、剣豪としてはほとんど知名度がないですね。
しかし作者の高橋氏がいろんな剣豪に興味を持つ中で印象に残ったのが、中村一心斎と男谷精一郎だったそうです。
男谷精一郎について書かれた小説はほとんどなく、氏が筆を執ったこの作品が唯一の本格的な“男谷精一郎もの”となるのかもしれません。
内容は主人公が十五歳ということで青春小説ともなっています。
このあたりは氏が得意とするところでしょう。
芥川賞を受賞した「九月の空」も剣道少年の青春小説でした。
旅の途中でいろいろなことを経験し、人と出会い、少年が成長していく物語でもあります。
何人かの女性との出会いもあるのですが、そのあたりはさらりと流し、甘い内容となるのを避けておられるようです。
女性に対してのほのかで淡い想いが爽やかです。
作者は他にも「右京之介助太刀始末」シリーズなどの時代小説を書いておられますが、それらに比べるととぼけた感じも控えめです。
これもやはり男谷精一郎への思い入れ故ということでしょうか。
ラベル:時代小説
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2018年01月29日

「軽井沢うまいもの暮らし」玉村豊男

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単行本として出版されたのが1985年。
もう30年以上前ですね。
著者が東京を離れて軽井沢で暮らし始めた直後の1年間を書いた食エッセイ。
“都会もん”がどのように田舎暮らしに馴染んでいったのか。
読んでみますと自給自足的な生活が実にうらやましい。
それでも最初はへっぴり腰だったようですが。
しかし近所の人たちの温かい心遣いと差し入れ(笑)に大いに助けられたようです。
私も田舎暮らしに憧れはあるものの、人付き合いは苦手です。
田舎はやはり人付き合いですからね。
都会のように隣近所の人に無関心ではやっていけません。
よく都会で人間関係に疲れたので田舎でのんびり暮らしたいなんて人がいますが、都会の人間関係についていけない人が田舎でやっていけるわけがない。
なので私には無理でしょうね。
ラベル:グルメ本
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2017年11月26日

「顰蹙文学カフェ」高橋源一郎 山田詠美

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文学は死んだのか。
みんな本を読まなくなりましたし、だから本が売れない。
電車の中でも皆がうつむいていじっているのはスマホです。
文学はまだ存在しているのか。
その答えはこの本に出てくる作家たちです。
「わたしたちが文学だ!」
その発言や生き様で世間の顰蹙を買う文士たち。
昔はその言動で世間から顰蹙を買う作家が大勢いました。
今の作家は昔ほど強烈な個性を持たなくなったようです。
サラリーマン化したといいますか。
太宰みたいな人なんて今後出てこないでしょうしね。
この本に登場する文士は5人。
島田雅彦中原昌也車谷長吉古井由吉瀬戸内寂聴
一癖も二癖もある顔ぶれですね。(笑)
高橋源一郎、山田詠美との対談という形です。
文壇といいますか、ま、この業界に興味ある人には非常に楽しめる内容です。
顰蹙を買えたら作家は一人前だと。
そうですね、作品だけではなく存在そのものが文学というような、そんな作家にぜひ出てきていただきたいですね。(笑)
ラベル:書評・作家
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2017年11月22日

「なんとなく、クリスタル」田中康夫

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時代はバブル景気前の1980年。
大学生でモデルのアルバイトをしている由利を主人公に、当時の風俗を背景にして“今を生きる”若者たちを描いています。
発表当時にも読んだのですが、なんだかよくわかりませんでしたね。
あまり印象に残っていない。
そりゃまあそうでしょう。
舞台は東京でいわゆる流行の最先端を生きる若者たちの話ですから、当時の私にはまったく縁のない世界だったわけで。(笑)
それは今も変わらないのですが、こちらも年齢を重ねたぶん俯瞰的客観的に読むことができました。
いや、面白いじゃないですか、これ。
話の内容は空っぽです。
なんにもない。
主人公は女子大生でモデルで、先端のファッションに身を包み、流行のスポットで遊ぶ。
だからどうなのと。
しかしそれこそが作者の書きたかったことで、当時のリアルな若者の姿がここにあります。
皆が毎日小難しいことを考えて生活しているわけではありません。
豊かな時代、とりあえず毎日オシャレに楽しく過ごせればいいではないかと。
眉間にしわ寄せて人生を考えるような純文学に対してのアンチテーゼな小説ですよね。
刹那的に生きることへの虚しさなんてものは、はなっからありません的な。
で、ページ構成がこの小説の大きなポイント。
右ページに本文、左ページに注釈。
近代小説にはよくこの注釈が付いており、巻末にまとめて掲載してあったりします。
解説で高橋源一郎氏が「どう読めばいいのだろうか」と書いておられるように、該当する箇所ごとにその都度左ページに目を走らせるのか、右ページを読んでから左ページをまとめて読むのか。
あるいは本文を読み切ったあと最後に一気に注釈を読むべきなのか。
私は最初その都度注釈を読んでいたのですが、そうなると話がぶつぶつと途切れてしまうんですよね。
リズムに乗れない。
なので本文を読み切ってから改めて本文を眺めつつ注釈を読みました。
というか、これむしろ注釈こそがこの小説のメインじゃないでしょうか。
これを書きたいがために本文を書いたような。
なので本文は別に内容なんてなくていいんです。
博学でシニカルなこの注釈、デビュー作にしてすでに田中康夫の本領発揮といったところです。
続編として2014年に「33年後のなんとなく、クリスタル」が出版されています。
これもぜひ読んでみたいですね。
ラベル:小説
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