2017年06月09日

「買えない味」平松洋子

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いまや電話やインターネットで簡単に地方の食材が手に入りますよね。
めちゃくちゃ便利な世の中になりました。
なんでも自宅に居ながらにして手に入るのですから。
でも、それでいいんでしょうかね。
地方の珍しいものに手を伸ばす前に、日常の中にある身近な美味しいものにまずは目を向けるべきではないでしょうか。
それは冷ごはんの味わいだったり、だいこんやにんじんの皮のきんぴらだったり、鉄瓶で沸かした白湯だったり・・・・。
そのようなことについて書かれた内容を読んでいると実に味わい深い。
そして食にまつわる道具についても書いておられます。
例えば箸置きであったり、取り皿などの器であったり、土鍋、片口、飯櫃・・・・。
そういうのも含めて味を楽しみましょうと。
味というよりは食ですかね。
灯台下暗しといいますか、どうしても身近なものはその価値を見逃しがちです。
お金を出して満足感を買うのもいいですが、買えない味があるというものも知っておくべきでしょう。
ラベル:グルメ本
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2016年10月20日

「平松洋子の台所」平松洋子

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料理にまつわる道具について書かれたエッセイ。

なのでタイトルが台所なんですね。

表紙の写真はブリキの米びつです。

そうそう、昔はこれでした。

米を袋から流し入れるときのザーッという音。

そして枡で米を量って釜に入れてましたっけ。

懐かしい。

著者は家族に顰蹙を買いながらも電子レンジを捨てたといいます。

牛乳を温めるときは小鍋で、ごはんを温め直すときは蒸篭を使えばいいではないか。

不便です。

ですがそんなのはもういいだろうと。

湯を沸かすのは鉄瓶で、ごはんを炊くのは土鍋や石釜で。

昔は皆そうでしたもんね。

電子レンジは大変便利ですが風情はありません。

そんなこと言ってられるかというのが大半の意見でしょうが、それだけ現代人には時間的余裕も精神的なゆとりもなくなってしまったということでしょう。

この本ではいろんな味わいのある道具を紹介しておられます。

時間の短縮や利便性だけにとらわれない道具の選択。

その中での暮らし。

そういうのが豊かな生活なのかなと思ったりもします。

ラベル:グルメ本
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2016年06月16日

「あなたがいてもいなくても」広谷鏡子

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放送局で事務職をしている倫子。

3年近く一緒に暮らしていた同じ局のディレクター達彦をガンで亡くします。

一緒に暮らしていたといっても達彦には妻子がいました。

不倫です。

その3年間は2人にとってどのような日々だったのか・・・・。

話は達彦の葬式から始まり、出逢いに向かって遡っていくという構成です。

そして最後にまた現在へ。

しかしなんともピュアといいますか純愛といいますか。

いや、不倫しておいて純愛もないんですけどね。

話自体が浄化されたような純粋さです。

とにかく悪い人が出てこない。

達彦は妻がいるというものの倫子を決して都合のいい女扱いしているわけではなく、その想いは純粋です。

倫子が達彦の妻を訪ねていっても妻は逆上することもなく。

達彦の前に田口というプロデューサーと付き合っていた倫子ですが、達彦は田口と一緒に仕事をすることになり2人の過去を知ります。

つまり倫子は田口の“お古”なわけですが、そんなことを気にする達彦ではありません。

また田口も倫子と達彦の関係を温かく見守っています。

仏のような人たちですね。(笑)

この作者の作品は以前に「花狂い」「不随の家」という2冊を読んでいるのですが、それらはもっと読者に問いかけてくるような雰囲気があり、また考えさせられもしました。

ですがこの「あなたがいてもいなくても」にはそのようなのがありません。

裏がなく、ひたすら2人の深い愛を読ませられます。

ここまで徹底的に書かれますと、いやもう参りましたというほかありません。

実際これはこれでアリな読み応えあるいい恋愛小説だと思いますけどね。

ラベル:小説
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2016年05月03日

「黒笑小説」東野圭吾

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短編集です。

10編が収録されていますが、タイトルの割にはあまりブラックでもありませんしさほど笑えません。

文壇を舞台にした「もうひとつの助走」、「線香花火」、「過去の人」、「選考会」の4編がちょっと皮肉が効いていましたか。

「もうひとつの助走」というのはもちろん筒井康隆の「大いなる助走」へのオマージュでしょう。

ですがページが短いこともあり、やはり本家の強烈さにはかないません。

その他の作品もいまいち突き抜け感がないです。

期待していたほどの内容ではありませんでしたが、元々そのような作家さんではありませんしね。

ま、こんなものかといったところです。

ラベル:小説
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2015年12月01日

「ワニはいかにして愛を語り合うか」日高敏隆 竹内久美子

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自分の思いがなかなか他人に伝わらないということがよくあります。

とくに愛に至っては。

言葉を使う人間であってもそういう状況です。

では言葉のない動物というのはいったいどのようにコミュニケーションしているのでしょう。

というわけで、いろんな動物の愛のコミュニケーションを紹介した本です。

例えばカエル。

なぜあのようなしわがれた低音で鳴くのか。

チョウはどういう条件でオスがメスを追いかけるのか。

動物には一夫一婦制と一夫多妻制がありますが、それはどのような条件によるものなのか。

などなど。

しかし人間以外の動物って不思議ですよねぇ。

人間のように言葉がないのに意思が統一されている。

空を飛ぶ鳥の群れなんかまさしく。

綺麗に揃って方向転換しますもんね。

どのようにコミュニケーションしているんでしょう。

人間の言語とか文化が発達しているのは大脳の中の新皮質と呼ばれる部分だとのこと。

ですが個々の感情や行動は旧皮質という爬虫類の中でももっとも古いといわれるワニの時代から存在し、いわばワニの脳とあまり変わりがないと。

つまりいくら脳の新皮質が理論整然と言語で説明しようとしても、情緒をつかさどっている旧皮質がノーを出せばどうしようもないのだというんですね。

いっそのこと、このワニの脳だけで暮らしたほうがどれだけ楽かと思ったりします。

何も考えずにだだ生きる。

人間はもういいです。

疲れました。

煩わしいことを考えず自然界に生きる動物に私はなりたい。

と、この本を読んで思ったのでした。(笑)

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