2020年09月10日

「町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう」町中華探検隊(北尾トロ・下関マグロ・竜超)

CIMG3700.JPG

最近「町中華」という言葉をよく聞きませんか?
その名のとおり町の中華屋さんです。
もちろん高級店ではなく大衆的な中華屋さん。
和食でいえば大衆食堂ですね。
飲み屋でいえば大衆酒場。
この「町中華」という言葉は誰が言い始めたのかはわかりませんが、私の中にもいつの間にやら存在していました。
おそらく誰がとかどこがとかではなく、イメージにぴったりした言葉としてあちこちで自然発生したものと思われます。
そんな町中華を探検して発掘し、記録していこうというのがこの本の著者である町中華探検隊です。
そしてこの人たちが「町中華」という言葉をメジャーにし、それらの店にスポットを当てたといえるでしょうね。
ただ大衆食堂と同じく、町中華はどんどんと衰退しています。
私の周りにもほとんど無いですね。
というか、私の行動範囲はかなり狭いですけども。(笑)
でもラーメン専門店はけっこうあります。
ラーメン屋は雨後の筍のごとく次々にオープンしていますが(そのぶん同じくらい閉店してますけど)、町中華は減る一方。
大衆食堂と同じく時代のニーズに合わなくなってきているといえばそうなのかもしれませんが。
そんな昭和を感じさせる町中華という食文化を記録するため行動しておられる町中華探検隊の皆さん、あっぱれ。
本の内容ですが、メインの3人のメンバーが執筆しておられます。
北尾トロ、下関マグロ、竜超の3人。
ただそれぞれの内容が時系列的に前後していたりダブッていたり、ちょっとややこしく散漫な印象です。
もう少し上手くリレーしていただければと。
でも紹介しておられる店はどこも実に味わい深い。
チェーン店や昨日今日の店では醸せない魅力があります。
しかし古き良き昭和がどんどん消えていきますね。
文化は昭和で終わり、平成からはそれまでの財産を消費して食いつぶし、文化とは呼べないような味気ないプラスチックな世界に突入している気がします。
ラベル:グルメ本
posted by たろちゃん at 01:00| Comment(0) | 『ま』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月04日

「どんくさいおかんがキレるみたいな。 方言が標準語になるまで」松本修

CIMG3651.JPG

いまや日常語として使っている言葉。
「どんくさい」、「おかん」、「キレる」、「みたいな」。
これって実はローカルだったり芸人の隠語だったそうです。
ではこれらの言葉の発祥はどこなのか。
どのようにして全国に広まったのか。
著者の研究が始まります・・・・。
この著者、以前に「全国アホ・バカ分布考 はるかなる言葉の旅路」という本を上梓され、「アホ」と「バカ」の境界線はどこにあるのかということを発端にその他の言葉についても全国的に調査した結果を発表しておられます。
そんな著者が今回は「どんくさい」、「おかん」、「キレる」、「みたいな」という言葉について調査しておられます。
「どんくさい」、「おかん」につきましては、私ども大阪人にとっては子供のころから馴染んでいる言葉です。
単語として存在していました。
「キレる」、「みたいな」というのは言い回しで、これは最近(といっても数十年前)からの言葉だという認識です。
ですが著者の研究によりますと、そうでもなかったようで。
いろんな文献をあたってそのルーツを探っておられます。
「みたいな」という言葉もつい最近かと思っていたのですが、実はもっと昔、俳優の渥美清なんかも頻繁に使っておられた記録があります。
もっとさかのぼると1950年代までたどり着くようです。
その他、それぞれの言葉も意外と歴史は古い。
それについての説明はここでは省略しますので興味ある人はぜひ読んでみてください。
で、このような言葉を一般に広めたのはお笑い芸人であると。
「みたいな」という言葉はとんねるず。
「おかん」に関してはダウンタウン。
やはり現在はお笑い芸人の影響というのはかなり大きいようで。
ただこういうのに単純に染まってしまう若い連中というのも、方言を壊していくようでちょっと不安な気もするのですが。
posted by たろちゃん at 01:00| Comment(0) | 『ま』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月15日

「英国一家、フランスを食べる」マイケル・ブース

CIMG3626.JPG

英国一家食べ歩き(?)シリーズの第3弾です。
といっても、実際は第1弾なんですけどね。
というのは、このシリーズ、日本で最初に発売されたのが「英国一家、日本を食べる」で、その次が「英国一家、ますます日本を食べる」です。
しかし本書はそれらの前に書かれていたものなんですね。
でも日本での出版の順序としては、これをあとに持ってきて妥当でしょう。
日本でイギリス人がフランス料理を食べましたなんて本をいきなり出しても誰も興味を持ちません。
やはり最初に我が日本にイギリス人がやってきて全国食べ歩いた、というのを持ってきたのがインパクトなんですね。
しかも一家でというのがミソ。
グルメライター個人ではなく家族ぐるみというのが設定として面白い。
なのでヒットしたのでしょう。
なぜか今回は出版社も訳者も変わっているのですが。
さて今回の内容は食べ歩きというよりも、著者が料理学校に入学して悪戦苦闘する奮闘記です。
料理のことを知らない自分がプロのシェフの料理を食べ、どうこう言えるのかと。
『一人前の批評をするには、僕自身がプロのシェフになるために学び、ミシュランの星つきキッチンではたらくことが絶対条件になる』
日本のフードジャーナリストに聞かせてやりたい言葉ですね。(笑)
で、実際にパリに家族で移り住み、「ル・コルドン・ブルー」に入学するわけです。
そして卒業後、「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」で働き始めます・・・・。
料理の批評をするからには、自分もそれなりの知識を持っていないと、というのはわかりますね。
それも外側からの知識ではなく、内側の知識。
つまりそれは経験ですね。
料理を作る経験、技術。
それも三ツ星レベルの本格的な料理の技術を身につけたら、批評にも説得力がありましょう。
なかなか歳取ってからそのようなことはできないものですが。
著者の行動力は実に立派だと思いますが、しかしこの著者の文章はなんでこんなに嫌味なのか。(笑)
さすがイギリス人というべきなのか。
外国人の文章って翻訳のせいかどうなのかわかりませんが、やたら言い回しがウザイんですよね。
これを気の利いたとかウィットに富むとか受け取れる人はいいんでしょうけど。
私はこの人の文章は好きになれません。
ラベル:グルメ本
posted by たろちゃん at 01:00| Comment(0) | 『ま』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月18日

「好き好き大好き超愛してる。」舞城王太郎

CIMG3612.JPG

長編なのか連作短編集なのかよくわかりませんが。
いや、内容もよくわかりません。(笑)
ひたすら純愛な内容?
といえばそうともいえます。
わけわからんのですが、それぞれの男性主人公はひたすら女性を愛していたのだなとは思えます。
思えますが、その表現といいますか、話がわけわからんのですね。
柿緒という女性を愛した(?)男性の話が柱になっているといえましょうか。
すごく遠回しな恋愛小説だと思います。
わかりづらくややこしい設定(私にとってはですが)にしたのは作者のキャラといいますか照れ隠しなんでしょうか。
たしかに舞城王太郎だなとは思いますけども。
愛する女性を失う男性の辛さ。
そんなのが描かれているんですけど、それも伝わりますけど。
ん~、ちょっとアレンジし過ぎかなぁ。
私のような素人は、「そんなにいちびらんでも」と思ってしまうんですよね。
というわけで、いや、わかるんだけどわからない、というのが正直な感想でした。
結局は、タイトルがすべてなのかなと。
ラベル:小説
posted by たろちゃん at 01:00| Comment(0) | 『ま』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月24日

「きれぎれ」町田康

CIMG3537.JPG

『俺』は絵描きとのことですがろくに絵なんか描いていません。
ランパブに通い詰め、絵の具を買う金さえなく、実家の陶器店や友人たちに借金してまわるような体たらくです。
母親が設定した見合いも出された鰻をちゅるちゅる吸って食べ、ぶち壊しにする有様。
そんな中、自分よりもヘタクソな絵を描いていた吉原が一躍脚光を浴びて。
しかも吉原の妻になったのが自分がぶち壊した見合いの相手です。
そんな吉原にさえ金を借りに行くような有様で・・・・。
この作者の作品は何冊か読んできましたけども、これがいちばん難解ですね。
現実と妄想が入り交じり、なんともシュール。
ただ主人公がどうしようもないクズ(笑)だというのは一貫していますね。
自堕落でドタバタゴロゴロと人生を転げ落ちていく。
芥川賞受賞の表題作と、もう1編「人生の聖」という作品が収録されています。
まだこちらのほうが読みやすいように思いましたが、しかし内容といえばこれまたハチャメチャで。
頭蓋骨を切除してクリアーな強化プラスチックをはめ込み、脳みそ丸見えのスケルトンにしてみたりとか。
いや、もう。
さて、この表題作、芥川賞でどのように評価されていたのかと調べてみますと、やはり宮本輝氏がブチ切れておられましたね。(笑)
さもありなん。
この人、三島賞の選評でも舞城王太郎の「阿修羅ガール」に「ええかげんにせえや!」とブチ切れておられましたもんね。
わからないでもない。
町田康にしろ舞城王太郎にしろ、だめな人にはほんとに耐え難いと思います。
私は町田康の才能というのは特異だと思うんですけど。
中上健次が生きていたらどのように評価しただろうと気になります。
ラベル:小説
posted by たろちゃん at 01:00| Comment(0) | 『ま』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする