2020年07月27日

「厭世フレーバー」三羽省吾

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父親が失踪した家族。
残されたのは14歳の次男、17歳の長女、27歳の長男、42歳の母親、73歳の祖父。
次男は熱中していた陸上部を辞めて高校にも進学しないと言い出すし、長女は夜遅くまで帰ってこない。
長男は父親代わりに家計を支えるため必死に働きます。
母は酒浸りのアル中状態、祖父はボケ進行中。
家族バラバラといいますか、崩壊に向かっています。
家庭の大黒柱に家出された家庭はどのようになっていくのか・・・・。
求心力(?)を失った家庭のその後を、各人物の視点で描いています。
つまりそれぞれはそれぞれの事情を抱えているんだということですが。
これは書き方としてはありふれていますね。
ですがこの小説はただ家族を描いているだけでなく、それぞれの世代を描くことによって戦中戦後、バブル時代、その後、現在を描いておられます。
ここに作者のメッセージがあるように思えます。
大げさに言えば一家族を描きながら日本の歴史や価値観を描いている。
でもいまいち読み終えてぐっとくるものがありませんでした。
デビュー作がインパクトあったので、よけいにそう思ったのかもしれません。
ラベル:小説
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2020年06月12日

「カレーライス進化論」水野仁輔

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いまや日本人の国民食ともいわれるようになったカレーライス。
カレーがここまで国民に定着している国は他にありません。
もちろんカレーの本場といえるインドでさえも。
そんなことはないだろう、インド人は毎日カレーを食べているじゃないかという意見もあるでしょうが、そもそもインドにカレーという料理はありません。
日本人にとっての“カレーのような料理”は毎日食べているでしょうけど。
現在の日本人がカレーといって思い浮かべる料理は日本独特のものです。
なぜカレーはこの国で独特の進化を遂げたのか。
これほどの食文化になったのか。
カレーの専門家として知られる著者がカレーのルーツや歴史、世界各国のカレー事情などについて論じておられます・・・・。
カレーといえばラーメンと並んで国民食の双璧でしょうか。
なぜみんなこんなにカレーが好きなんでしょうね。
いろんな理由があるでしょうけど、やはりごはんに合うというのは大きいでしょう。
これは洋食と同じですね。
もともとは海外の料理であったのをごはんに合うように、日本人の口に合うように改良されて進化してきました。
自分たちに合うように改良するというのは日本人の得意とするところです。
カレールウなんてのが発明され、一気に家庭でも手軽にカレーが食べられるようになりました。
なんでもやりますねぇ、日本人。
この本の中で著者は「カレーが嫌いだという日本人はいない」といったようなことを書いておられますが、私は子供の頃からさほど好きじゃない。(笑)
嫌いではないんですけどね。
家に帰って今日はカレーだなんていわれたら肩を落としたものです。
普通の子供なら喜ぶんでしょうけど。
キャンプなんかだと夕食はカレーというのがパターンですが、たいがいちょっと口をつけただけで残してました。
でも大人になってわかったのですが、インド料理のように本格的にスパイスを効かせたのは好きなんですよね。
市販のカレールウを使ったいわゆる家カレー、この本でいうジャパニーズカレーというのが好きではないようです。
バーモントカレーとか。
それにじゃがいもゴロゴロとか。
でもこういうのが日本人の好むカレーなんですよね。
私に合わないはずだわ。(笑)
ラベル:グルメ本
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2020年05月17日

「ビブリア古書堂の事件手帖7 ~栞子さんと果てない舞台~」三上延

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いよいよ本作が最終巻となりました。
あらすじはあまり細かく説明すると長くややこしくなりますのでかいつまんでいいますと、今回登場する本はシェイクスピアです。
「ファースト・フォリオ」というもので、これはシェイクスピアの戯曲をまとめて出版した最初の作品集だとのこと。
現存が確認されているのは二百数十部で、その価格は過去にサザビーズのオークションで6億円で落札されたこともあるとか。
吉原という一癖ある骨董屋が3冊の表紙の色違いのファースト・フォリオを所持しており、この中の一冊が本物だといいます。
それを古書市の競売に出品し、栞子と母親の智恵子の目利きを試そうというのです。
栞子と智恵子は本物を見抜くことができるのか。
失敗すれば大恥をかくどころか経済的にとんでもない打撃を受けることになります。
他の古書店主が息を詰めて見守る中、競売が始まります・・・・。
この栞子と智恵子の競り合いが今回のクライマックスで、なかなかの緊迫感。
読んでいてヒヤヒヤしました。
その行方はともかくとしまして。
7巻のストーリーがようやく終結したわけですが、でもなんといいますか、そのわりにはあまり万感の思いがないといいますか。(笑)
まあ五浦と栞子の関係は落ち着くべきところに落ち着いてめでたしめでたしですし、ビブリア古書堂の経営もまずは安泰で妹の文香の進学も問題なく。
栞子と母親智恵子の関係もやや氷解して一歩前進かな、とは思うのですが。
でも作者はあとがきで「大輔と栞子の物語には一応の結末をつけたつもり」と書いておられますが、「本編として完結するというのは間違いなんですよ」と。
どないやねん。(笑)
「今後スピンオフという形でまだまだ続きます」とのこと。
いや、こういうのってあまりダラダラ番外編で続けられてもね。
本編でしっかりと完結させた上でのスピンオフじゃないでしょうか。
続編はもちろん読みますけども。(笑)
シリーズ後半は結構マニアックでややこしい内容になってきてましたので、スピンオフではもっと肩の力の抜けたエピソードを読みたいです。
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2020年05月15日

「煮たり焼いたり炒めたり 真夜中のキッチンで」宮脇孝雄

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料理のエッセイやレシピ紹介にはいろんな切り口がありますが、本書は外国のさまざまな料理本からレシピを紹介しておられます。
ちなみに著者はミステリーの翻訳家。
なるほど。
外国のレシピ本なんて普通の人が見てもよくわかりませんもんね。
こんな人がこんな本を出している、こんなレシピが載っていると紹介しているわけです。
もちろんただ抜粋して翻訳しているわけではありません。
ご本人はもちろん実際に作っておられるようで、原文のレシピ通りではなくここはこのようにしてもいいだろうと日本人向けなアレンジのアドバイスもしておられます。
サワークリームがなければヨーグルトでもいいだろう、とか。
ハーブがなければパセリのみじん切りでいいだろう、とか。
そう、料理本のレシピって、中には「そんなもん家にないわ」というような材料や調味料が使われていたりします。
この本が出たのは1991年なので、当時は今ほどいろんな外国の食材がなかった時代でしょうし余計そうでしょう。
今でもレシピにエシャロットとか出てきても「近所のスーパーにそんなん無いわ」ですし、ワインビネガーなんていわれても「この料理のためだけにそんなん買ってそのあと何に使うん・・・・」となります。(笑)
まあ本格的に料理にこだわる人はあれこれ使いまわすんでしょうけど。
ちなみにこの本、単行本のときのタイトルは「書斎の料理人」だったそうです。
翻訳という仕事のストレス解消にゴルフなどではなく、たまたま自分の場合は料理だったと。
たしかに料理はストレスの解消になりますね。
私も無性に料理したくなる時があります。
そしてパチンコだゴルフだよりはよほど安価で生産的(?)です。
それはともかく、元のタイトルのままでよかったのになぁと思うんですけど。
ラベル:グルメ本
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2020年04月17日

「ロマンス小説の七日間」三浦しをん

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海外のロマンス小説を翻訳するのが仕事のあかり。
堅物の父親と二人暮らしですが、近所に住む神名という彼氏と通い同棲しています。
現在は中世時代の騎士と女性領主の恋物語を翻訳中。
これがまた苦笑物の内容で。
なんだかなぁ、なんて思っていたら神名がいきなり会社を辞めたという。
いきつけの飲み屋の常連女子もなんだか神名を狙ってそう。
苛立つあかりの翻訳はどんどん原作とかけ離れ、勝手にストーリーをでっちあげてしまう展開に・・・・。
う~ん。
裏表紙のあらすじを読みますと「どんどん創作されるストーリー。現実は小説に、小説は現実に、二つの物語は互いに影響を及ぼし、やがてとんでもない展開に!」とあります。
これを読んで「ほほぅ、SF的実験的な内容か」と期待したのですが、そんなのではなかったですね。
裏表紙、大げさすぎます。
翻訳がもっととんでもない方向に行くのかと期待しましたし、現実がどれほどフィクションに侵されるのかと期待しました。
そういう期待をして読んでみたら、別にどってことない。
劇中劇のようにあかりが翻訳する小説が挟まれるのですが、原作から脱線してはいるものの、話自体はまともに進んでいきます。
現実のあかりの私生活もいろいろ問題が起こるのですが、しかしまあ常識内の展開で。
もっと飛び抜けた展開を勝手に想像したこちらが悪かった。
なんだかんだ、作者は試しにこの作中に出てくるような小説を書いてみたかったのかな、と。
あるいはあとがきにあるように、恋愛小説という依頼に対してこのような発想が浮かんだものの、でもこんなハーレクインロマンスのような小説を書くわけにはいかない。
いかないというか恥ずかしくて書けない。
ならこのように作中作として書けば照れも少なく、それを現実の主人公たちにもかぶせることができる。
そのように考えられたのかなと。
そんなことを思ったりもしましたが、たぶん的外れでしょう。(笑)
なんにせよ、期待外れでした。
ラベル:小説
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