2020年07月02日

「紙婚式」山本文緒

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8編収録の短編集。
表題作の「紙婚式」。
子供は作らず、部屋は別々、自分の食い扶持は自分で稼ぎ、自分のことは全部自分でする。
そんな条件をお互い了解の上で結婚して10年になる夫婦。
友人の結婚式の2次会で夫が「俺は女房を養う気なんか全然ないよ」という台詞を口にします。
それを聞いてショックを受ける私。
なぜ私はショックを受けたのか・・・・。
まったくなんのために結婚したのかわからないカップルです。
食事中に妻が恋人と電話で話していても夫は無関心ですし。
そもそも籍さえ入れていない。
つまり結婚ごっこですね。
2次会で同席した女の子から「あなた達、変よ。それじゃ結婚している意味がないじゃない」と言われます。
これをヘタに追及すると、じゃあ結婚している意味とはなんなのか、という泥沼問答にはまってしまうわけですが。(笑)
この小説の例は極端としても、こういうドライな結婚生活に憧れている人もいるんじゃないかと思います。
特に女性。
仕事を持っていて夫に負けないくらいの収入がある女性は「私は夫に養ってもらってるわけじゃない」というプライドがある。
女だからといって夫の後ろに一歩下がるなんてとんでもない。
男女は平等なのだから。
こうなると憧れというよりも主張ですが。
ある著名人がこんな発言をしていました。
「なんで夫のことを主人なんて呼ばなくちゃいけないの。わたしはペットじゃないのよ」と。
笑いましたね。
なるほど、ポチじゃないんだからと。
一理あります。
話はこの小説に戻りますが、結婚していても生活的に完全に自立孤立しているわけですから、本来なら「養う気なんか全然ない」と言われても「今さらなにを」で終いです。
しかしそれはあまりにも脆い虚構の生活でした。
惰性で回っているコマなんてちょっと触れればひっくり返って止まってしまいます。
でもそうなって初めて気づくこともあるんだろうな、というラストです。
他の作品も結婚生活をテーマに書かれています。
山本文緒流の、ちょっと怖さのある内容です。
ラベル:小説
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2020年05月19日

「1985年のクラッシュ・ギャルズ」柳澤健

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1985年。
日本武道館や大阪城ホールを満員にした女子プロレスラーのコンビ、クラッシュ・ギャルズ。
まさに人気は頂点でした。
プロレスといえば男性が好むスポーツというイメージがありますが、彼女たちに熱狂したファンたちはほとんどが少女たち。
クラッシュ・ギャルズの何が少女たちを熱狂させたのか。
一時代を築いた彼女たちの真実に迫ったノンフィクションです・・・・。
私の周りにもいましたね、クラッシュ・ギャルズファン。
芸能雑誌にも登場し、アイドル並の人気がありました。
その前はビューティ・ペアでしたっけ。
もひとつ前にはマッハ文朱なんていましたが。
さて、クラッシュ・ギャルズは長与千種とライオネス飛鳥というペアなのですが、どちらも重い事情を抱えた家庭で育っています。
ある日テレビで観た女子プロレスに大きな影響を受け、自分の進む道はこれしかないと女子プロレスラーを目指したというのは共通していますね。
ですが、入門当時はライオネス飛鳥はオーディションでトップ合格したエリートでしたが、正規のオーディションを経ていない長与千種は同期のダンプ松本らと同じく雑草組。
その二人がコンビを組むことになるのですが、実力では上回る飛鳥よりもルックスやスター性を持った千種のほうが人気を取ります。
この本を読みますと長与千種というのはプロレスのエンターテイメント性にかけては天才的な才能の持ち主だったようで。
なのでファンも7:3とか8:2とかで圧倒的に千種が多かったとか。
徹底的にプロレスをエンターテイメントと考えてリングで歌うことも辞さない千種。
なんでそんなことをしなければならないのかと思い悩む飛鳥。
すれ違いが始まります。
著者はこの本の中ではっきりと「プロレスはショーである」と書いておられます。
筋書きがあるんだと。
どっちが勝つか前もって決まっているんだと。
千種のすごいところはきっちりその役割を飲み込んで、エンターテイナーとしての演出能力がずば抜けていたところなんですね。
逆に飛鳥は実力はあるものの、ある意味不器用で華がない。
ここにすれ違いのひとつの原因がありました。
その後二人は紆余曲折のプロレス人生を歩みます。
そしてこの本はクラッシュ・ギャルズの軌跡を描きつつ、女子プロレスの歴史も描いています。
女子プロレスがいちばん輝いていた時代を綴った一冊といえるでしょうか。
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2020年04月01日

「食堂つばめ4 冷めない味噌汁」矢崎存美

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シリーズ第4弾です。
連作短編5編収録。
表題作は「冷めない味噌汁」です。
俊太郎はサラリーマン。
サービス残業、休日や夜中の呼び出しは当たり前。
何日休んでいるんだか何日寝ていないんだかの日々です。
いわゆるブラック企業ですね。
過労が原因で倒れ、生と死の中間にある町の道端で目覚めたのですが。
そばにいたのがノエという女性。
朝食の用意をしています。
いただいたのが白飯、アジの開き、だし巻き玉子、納豆、海苔、青菜のおひたし、味噌汁。
この味噌汁の味が俊太郎の好みにぴったりで、いつまでたっても冷めません。
どの料理も懐かしい味で美味しい。
もしかしてこのノエという女性は自分の母親ではないのか。
そんな思いまで抱かせます・・・・。
うん、まあ。
シリーズとして話全体が前に進んでいないのがなんともダレた気分になります。
毎回あの世とこの世のあいだの町に人がやってくる。
食堂つばめでメシを食べる。
もとの世に帰っていく。
これだけではね。
やはり物語全体が前に進んでほしい。
主人公(?)の柳井秀晴なんてもうこの町に居ついてしまっています。
それに対しての説明も、もはやなんらありません。
おいおい、現世での生活は大丈夫なのかよと。
ただ背景が「あの世とこの世のあいだの町」という設定だけで、ちょっとぬるま湯に浸かり過ぎではないでしょうか。
それぞれの話は決して悪いものではないんですけどね。
ラベル:グルメ本 小説
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2020年02月27日

「カオス」梁石日

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どこの組織にも属さず、新宿歌舞伎町で生きぬいている李学英と金鉄治。
ある日、台湾人の実業家から漢方薬の売買をもちかけられます。
その話は断ったものの、それ以降得体のしれない何者かに付きまとわられます。
実業家を問い詰めたところ、やはり麻薬が絡んでおり、かなりやばい状態のようです。
その実業家は逃亡するため、学英と鉄治に経営している名門中華料理店の『龍門』を格安で譲るといいます。
話に乗って『龍門』を購入しオーナーになった二人ですが、やはり得体のしれない何者かが二人を脅しにかかってきます・・・・。
在日朝鮮人の二人が歌舞伎町を舞台に生き抜いていく話。
もちろんそうなると裏社会が絡んできます。
二人は特にヤバイ仕事をしているわけではないのですが、漢方薬の売買をもちかけられ、それがきっかけでトラブルに巻き込まれます。
せっかく手に入れた『龍門』も手放さなくてはならないような事態に。
それをどう凌いでいくのかが読ませどころで。
まあそれなりに緊迫感もありました。
でもね。
やはり最後はずっこけましたね。
いつも書いていますけどもこの作者、途中まではいいんですけど、後半息切れしてしまうんですよね。(笑)
んで、詩の影響が大きく、話の結末を詩的にまとめてしまう。
その詩的というのもまたメルヘン系なんですよ。
おいおい、です。
ま、「血と骨」レベルを期待しても酷でしょうけど。
ほんと途中までは面白いんですよ。
最後がね・・・・。
ラベル:小説
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2019年12月29日

「世界ニホン誤博覧会」柳沢有紀夫

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「日本語でどつぞ」と書かれた看板に遭遇し、その魔力に取りつかれてしまったという著者。
つまり、海外で見かけるヘンテコな日本語ですね。
それらを「どつぞ」と名付け、自分だけでなくネットでも協力を募り、収集した数々の「どつぞ」を本書に公開されました・・・・。
ありますね、ヘンな日本語。
ただ、こういうのはすでに宝島社から「VOW」シリーズとして刊行されていますので、目新しさはありません。
看板や商品のパッケージなどに特化しているというのが、まあ本書の個性でしょうか。
でもこういうのって流行り廃りなく、いつの時代にもそこそこウケる定番ネタではありますよね。
揚げ足取りの面白さです。
しかしこういうのを笑っていますが、日本はどうなんでしょうか。
例えば安物のTシャツにプリントされた英文なんか、アメリカ人なんかから見てどうなんでしょう。
日本人からすればオシャレ(?)であっても、外国人からしたらプッと噴き出してしまうかもしれません。
以前に外人さんが背中に大きく「熊出没!」と書いたTシャツを着ておられるのを見たことがあります。
意味が分かっているのかいないのかはわかりませんが、字面とかデザインを見てカッコイイと思ったんでしょうね。
日本人ならまず着ないでしょう。(笑)
和製英語なんてある意味この類かもしれませんね。
野球で「ナイター」なんていいますけど、正しくは「ナイトゲーム」だとか。
物を挟むことを「サンドする」なんていったりしますけど、「サンド」とは英語で砂ですからね。
挟むなんて意味はまったくありません。
でも日本では「パンでハムと玉子をサンドします」なんて平気で使っています。
「ポカリスエット」なんて「ポカリの汗」ということで意味不明。
「どつぞ」に話は戻りますが、だんだんとこのような間違いは是正されてきているようですね。
あらゆる所に日本人が進出し、そうなるとやはり間違いを指摘されることも増えてきたでしょうし、自主的に日本語で書かれた文章を見直すこともあるでしょう。
本来なら大変いいことであるはずなのですが、そんなのちょっと寂しい・・・・というか面白くないやん。
やはりこういう“文化”は受け継いでいただきたいですね。(笑)
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