2010年06月26日

「女ひとり寿司」湯山玲子

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タイトルの通り「女ひとりで寿司屋を食べ歩く」というのがコンセプトです。

しかも高級寿司屋。

女性というのはなかなか一人で外食するというのは勇気がいるらしく、ましてやそれが寿司屋となるとなおさらでしょう。

男性でも高級店となると気後れしますしね。

寿司屋というのはまだまだ男性中心の世界であり、女性は男性に連れて行ってもらう所というイメージがあります。

そこに女ひとり乗り込んでいくわけですね。

この企画のきっかけはまえがきにあるように、初めて女ひとりで寿司屋に行きとても気まずい雰囲気を味わったことだとか。

気の強い著者は鼻をあかしてやりたいとひとり寿司にのめり込んでいったのだそうです。

それではと女ひとり寿司を始めて最初に訪問したのが「銀座 久兵衛」。

老舗の高級店でありますが、意外とここではとても居心地のいい思いを味わったとか。

いい意味での肩透かしだったようで。(笑)

その他「あら輝」や「鮨 青木」、「すきやばし次郎」といった有名店が続々と出てきます。

しかしその内容なのですが、思ったほど「女ひとり寿司」になっていないなという印象です。

せっかくですから予約の段階から店を出るまで、徹底して「女ひとり」の視線と感覚に徹したレポートにしてほしかった。

文章からはわからない気苦労はもちろんたくさんおありだったでしょうが、読んでいて「別にこれ男ひとりのレポートでもたいして変わらないのでは」と思う部分も多数。

それでも女ひとりというフィルターは通してありますので、やはりそのニュアンスは滲み出ているのでしょうけど。

そして白けてしまったのがあとがき。

これによると連載として取材費で食べ歩いていたそうで・・・・。(笑)

それでは会社の経費で食べている男性となんらかわらないではないですか。

仕事として原稿料を貰い、飲食代は取材費として編集部負担。

それで「女ひとり寿司」なんて胸張られても・・・・。

親からの仕送りで一人暮らしをし、「わたしは自立している」というようなもの。

もちろんプライベートでも食べ歩いておられるそうですが。

コンセプトはいいと思うのですが、もうちょっとシビアに徹底してほしかったですね。

しかしこれはこれでとても面白い寿司食べ歩きエッセイだと思います。

ラベル:グルメ本
posted by たろちゃん at 19:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 『ゆ』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月11日

「ルージュ」柳美里

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主人公の谷川里彩は二十歳の化粧品会社宣伝部制作課の新入社員。

キャンペーンのモデルのドタキャンで、急遽モデルに仕立て上げられます。

化粧品会社の社員でありながら化粧が嫌いで普段はノーメイクの里彩。

しかしいざメイクをしてカメラの前に立ってみると、有名カメラマンやディレクターが息を飲むほどの存在感を発揮します。

「まちがいなくこの娘はスターになる」

誰もが確信します。

しかし里彩は有名になるとかお金を稼ぎたいとか、そういう欲はまったくありません。

ごく普通に制作課の社員として勤務したいのです。

しかし周りは動き始めます。

そしてそれまで男と付き合ったことのない里彩の前に気になる男が現れます。

中年コピーライターの秋葉を経て、アートディレクター黒川との出会い。

ゲイの黒川とその恋人である孝之との三角関係。

そんな中で里彩はどのように自分らしく生きていこうとするのか・・。

読み始めて戸惑いましたのが、「え、柳美里がこんな小説書くのかよ」と。

この作者の小説はデビュー作からずっと追っているのですが、これまでは傷口を自ら拡げてさらけ出すような痛々しい私小説でしたが、これはいわゆる“ギョーカイ”を舞台にした恋愛小説です。

こういうのは林真理子とか唯川恵あたりに任せておけばいいものをなどと思いつつ、しかし読み進むにつれ里彩のピュアな魅力に惹かれていきました。

林真理子も「コスメティック」という化粧品業界を描いた小説を書いておられますけども、さすがに林氏の場合は主人公がどんどん駆け上がっていくサクセスストーリーなんですね。

しかし柳美里は違う。

主人公は頑なにサクセスストーリーを拒否する。

モデルやタレントとしてスターになれる扉が目の前にあるにもかかわらず、主人公はその扉を開けようとはしない。

そのような華やかに見える世界は虚飾であるというのは黒川の口からも語られています。

売れっ子のCMディレクター黒川が最後に取った行動は・・。

それを目の当たりにした里彩は・・。

ラスト。

ドラマの撮影。

別れのシーンです。

里彩はメイクされます。

そしてメイクの日比野に言います。

「落としてください」

「どこを?」

「ぜんぶ」

里彩が最後に流す涙は素顔を伝います。

ラベル:小説
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2009年12月31日

「石に泳ぐ魚」柳美里

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今年最後の1冊は柳美里の「石に泳ぐ魚」です。

これが小説デビュー作なんですね。

しかしその最初の作品でいきなりモデルとなった女性から訴訟をおこされ、最高裁において出版差止になったことは大きな話題となりました。

いかにも柳美里氏らしいといえば怒られるかもしれませんが。

内容はやはり私小説といえましょう。

主人公の梁秀香は劇作家。

韓国で自分の作品が上演されることになり記者会見のために向こうに行くのですが、騙されたような話の食い違いからドタキャンして帰国。

そのとき韓国で知り合ったのが朴里花。

(この朴里花のモデルとなった女性に訴訟をおこされるわけですが、それはまあ置いときまして。)

恋人である演出家の風元にはプライドを傷つけられ、カメラマンの辻の子供を中絶し・・。

日本に留学に来た里花は新興宗教に入信した友人を連れ戻すため一時韓国に帰国するのですが、ミイラ取りがミイラになってしまい彼女自身も入信してしまいます。

そんな里花を連れ戻すためまたもや韓国を訪れる秀香。

そこで秀香はつねに孤独と苛立ちを抱え他人を憎悪することによって自己防衛してきた自分にとって、里花は憎悪の対象にならない存在だと気づきます。

そんな里花が自分から離れようとしていく・・。

もうひとり憎悪の対象にならない存在として「柿の木の男」というのが登場するのですが、こちらはちょっと現実なのか幻なのかわからない存在です。

韓国に行く前に立ち寄った「柿の木の男」は廃屋のような家で息絶えていました。

秀香の愛情に対しての餓えが見させる幻だったのかとも思えます。

二人に去られた秀香はこれからどのように生きていくのか。

今後の他の作品と同じくヒリヒリするようなエキセントリックな苛立ち、その反面深く傷つき鬱的に落ち込む喪失感、崩壊した家庭環境からくる彷徨感、そういったものが息が詰まるほどの密度で書かれています。

私小説作家柳美里の慟哭が聞こえるようなデビュー作です。

ラベル:小説
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2009年10月14日

「永遠の途中」唯川恵

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薫と乃梨子は広告代理店に勤める同僚です。

どちらも同じ部署にいる先輩の郁夫に思いを寄せていましたが、薫が郁夫と結婚することになり専業主婦に。

乃梨子はキャリアの道を歩み続けます。

他人の庭の芝生は青く見えるように、薫は専業主婦の立場から、乃梨子は独身OLの立場から、お互いを羨ましく感じてしまうのです。

はたして自分の選んだ道は正解だったのかと。

嫉妬もし、ときには優越感も感じつつ。

対照的な二人の女性の生き方を描くというこの作者によくあるパターンの内容です。

お互い家庭や仕事でいろいろとあるわけですが、それを27歳から60歳という長期にわたって書いておられます。

この枚数でそれほどの長期間の人生を描ききるのはもちろん無理があり、重みも感じさせません。

はなっからそのようなじっくり腰を据えた小説ではないとわかっているのでそれはいいのですが、30年以上の年月を書いていながら時代の背景がまったく変わっていないんですよね。

まったく時代考証ができていないなと読み終えましたら、「おわりに」というあとがきで「これは時代を反映させていません。二十七歳のときも三十三年前ではなく「今」が舞台です。四十二歳も六十歳も同じです。なので、読まれた方は少し違和感を覚えるかもしれません」とあります。

なんだかあちこちから指摘を受けて慌ててフォローしたのではないかと勘ぐったりもするのですが。(笑)

しかし敢えて作者がそのように意図して書いたのなら、それはそれなりの読み方ができます。

30年前が今のような時代であったなら・・・・。

その当時では考えられなかった言動も今ならどうってこともなかったりします。

年齢という制限だけではなく、その時代の常識のせいでやむを得ず強いられた選択もあることでしょう。

「もし」「れば」の話になりますが、それが今という時代ならまた違った生き方もできたはずです。

時代考証という枠にとらわれずこのような書き方もひとつの手ではあるなという気はしましたが、2回目は通用しませんね。(笑)

そしてこの作者の小説のタイトルはよく意味がわからないのが多いのですが、この作品についてはまあなるほどと思えました。

ラベル:小説
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2009年09月12日

「声」柳美里

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「命」四部作第四幕。

いよいよシリーズ最終作です。

ついに東由多加氏が息を引き取りました。

病院のベッドで目を見開いたまま・・・・。

柳氏にとっていかに東氏の存在が大きかったか。

そしてそれは東氏にとっても同じだったんですね。

まさに運命的な出会いだったように思えます。

男と女としてはもちろんのこと、演出家と作家として、氏と弟子としても。

ここまでお互いを必要とした付き合いがあるのかと・・・・。

まったく壮絶な物語です。

今までの三作とは違い、構成がかなりブレていますね。

精神状態を表現するため意図しているというのもあるでしょうし、やはりその時のことを思い出すと平静ではいられないというのもあったでしょう。

東氏との回想シーンがかなり入っています。

そして本人の呆然とした言動。

告別式のシーンは脚本形式となっています。

このあたりはやはり作家としての計算だと思いますが。

そして最後のほうは日記形式。

柳氏は東氏の「声」を聞くことはできたのでしょうか・・。

ラベル:小説
posted by たろちゃん at 20:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 『ゆ』の著者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする