2018年01月07日

「打ちのめされるようなすごい本」米原万理

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書評集です。
第一部は「私の読書日記」。
第二部が1995年から2005年の10年間に書かれた書評。
この本は書評家としての米原万理の全作品とのことです。
保存版な一冊ですね。
著者は2006年に卵巣がんで亡くなったのですが、読書日記ではその闘病の様子も書かれています。
がんについての本もいろいろと読んでおられたようです。
そしていろんな治療法を試してみつつ、代替医療や健康食品などについてその種類の多さや値段の高さに「人の弱みにつけこんでいる」と批判しておられます。
ですがそれを拒み切れない自分が情けないとも吐露しておられます。
理知的で鋭い視点を持っておられる彼女をしてそのように冷静さを欠いてしまうのかと、がん患者の当人しかわからない苦しみが書かれています。
日記も最後のほうになってくるとほぼ癌治療についての本だけとなってきます。
最後の日記の掲載が2006年5月18日。
亡くなられたのが同年5月25日。
ほんとになくなる寸前まで原稿を書いておられたんですね。
まさしく遺作です。
ラベル:書評・作家
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2017年10月21日

「食ショック」読売新聞食ショック取材班 著

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食について読売新聞に1年間連載されたものを書籍化。
内容は大きく3章にわかれています。
第一章は「食の安全をどう守る」。
まずは中国の冷凍ギョーザ中毒事件を取り上げています。
ありましたねぇ。
2008年、生協の中国製冷凍ギョーザを食べた家族が中毒症状をおこして入院。
ギョーザから殺虫剤が検出されました。
食べ物から殺虫剤って・・・・。
つい最近も惣菜店で食中毒が発生し、3歳の女児が死亡するという痛ましい事件がありました。
数年前には焼肉店の生レバー事件もありましたしね。
迂闊に信用できません。
第二章は「飽食のコスト」。
世界最大の食料輸入国でありながら大量の食料を捨て続けている日本。
いったいなにやってんだか。
食料自給率はカロリーベースで4割ほどだというのに。
第三章は「変わる食文化と食習慣」。
昔ながらの和食というのが片隅に追いやられてしまっています。
洋食化、そしてファストフードやインスタント食品の跋扈。
それも使いようによってはいいのですが、メインの食事としている家庭も非常に多い。
その結果が肥満や成人病です。
親が平気で子供に食べさせてますもんね。
しかしそれらの反動として、安全な食を提供する生産者、食べ残しを減らすための取り組み、食育などの運動をおこす人たちも現れています。
そういうのが少しずつでも広がっていくといいですね。
そろそろ目を覚まさないと本当にやばいんじゃないでしょうか、日本人。
ラベル:グルメ本
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2016年11月25日

「名画感応術 神の贈り物を歓ぶ」横尾忠則

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絵画をどう観るかということは実にむつかしい。
というのは本当だろうか、と著者は問いかけます。
左脳で「わかる」、「わからない」で選別すればそれでいいのかと。
知識がなくても心をオープンにすれば絵に感動する魂をなびかせるのだと。
そうなんですよねぇ、素直に単純にその絵と向き合い楽しめればそれでいいと思います。
しかし言うは易し行うは難しで。
右脳で感じたことを左脳が理屈で邪魔してしまうみたいな。
ただ神だとか霊感だとか宇宙だとか、オカルト的な話をされるとちょっとそれはどうかなと思うのですが。
このあたりはやはり横尾忠則だなと。
さて、この本では36の画家と作品が紹介されています。
それに著者が文章を添えているわけですが、色使いがどう、構図がどうという話にもなり、どうしても分析的な観かたになってしまいます。
ですがそれはやはりある程度必要なことでしょう。
そのような解説があって「ああ、なるほど」と思ったり「そうだったのか」という発見があったりします。
自分の感性にはない観かたを教えてもらえますから。
でも結局は自分がどう感じたかですけどね。
それは音楽でも料理でも同じことでしょう。
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2016年07月20日

「マンガの現代史」吉弘幸介

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1947年、手塚治虫の登場で少年マンガがスタートしたとまえがきで著者は記します。

「新宝島」の発表を指しているのでしょう。

この作品が少年マンガのスタートと捉えるかどうかはともかくとしまして、漫画界にとってひとつの起点となったのは確かだと思います。

本書では最初に少年ジャンプを取り上げておられます。

やはりまずはジャンプ現象ですか。

たしかにマンガがいかに市民権を得たかを語るのに、少年ジャンプの発行部数653万部(1995年)というのは欠かせないネタです。

60年代の週刊化突入、70年代の青年誌創刊、そして黄金期に入り始めた80年代。

そして90年代に少年ジャンプの金字塔なんですね。

もちろんその歴史の中でいろいろとあったわけで。

いろんなジャンルのマンガが生まれ、いろんなマンガ家が登場しました。

ギャグマンガ、ストーリーマンガ、4コママンガ、ガロ系のマイナーなマンガなどなど。

その影響は外国にまで及び、今やたかがマンガとは言えないまでになっています。

この本が出版されたのは1993年。

もう20年以上経っているわけですが、それからもまた変遷し続けています。

しかしマンガ雑誌の発行部数は落ちてきています。

売れる単行本はとことん売れているんですけどね。

今後マンガはどのようになっていくのでしょう。

ラベル:漫画本
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2016年04月13日

「64(ロクヨン)上・下」横山秀夫

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三上義信はD県警の元刑事で現在は広報官。

家庭では一人娘が失踪中です。

職場では警務部と刑事部の軋轢、そして記者クラブとも事件の匿名問題で揉めており板ばさみ状態です。

そんな中、昭和64年に起こったロクヨンと呼ばれる少女誘拐殺人事件の被害者宅に警察庁長官が視察に訪れることになります。

三上は調整のため被害者宅を訪れますが、遺族は拒否。

刑事部からも警務部の犬だと顰蹙を買います。

しかし遺族を説得し長官の視察を実現させるのが三上の仕事です。

警務部長からもなんとしてでも遺族を説得しろと叱責されるのですが、やがて長官視察には真の目的があることを知ります。

そして視察前日、それに合わせるかのようにD県警を揺るがす大きな事件が・・・・。

さすがの横山秀夫、ビシッと締まりのある文章で読ませてくれます。

刑事の魂を持っていながら広報官として刑事部を敵に回すような仕事をしなければならない苦悩。

組織の一員として個人を殺してでも仕事をまっとうしなければならない葛藤。

そして失踪中の娘に対して父親としてなにも理解してあげていなかったのではという後悔。

いろんな思いを抱えて三上は目の前の仕事に向き合います。

ロクヨンの真実が書かれた『幸田メモ』や長官視察の目的などに読んでいて引っ張られるものがありますし、後半三上が事件に同行して犯人を追う展開も緊迫感がありました。

ですが、結局その事件の解決が中途半端ですし、三上の娘の件もそうです。

せっかくここまで来てという消化不良感がありました。

ラベル:小説
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